畠山直哉『Slow Glass』the elephant trust (2002)
畠山直也は97年に『LIME WORKS』(■1)で木村伊兵衛写真賞受賞した写真家である。02年に発売された今作にはイギリス郊外で撮影された「Slow Glass」と「Still Life」という2つのシリーズが収録されている。
作品のタイトルにもなっている「slow glass」とは、SF作家ボブ・ショウの短編小説『去りにし日々、今ひとたびの幻』(■2)にでてくる光の速度を遅らせるガラスからきている。スローガラスはそこに光が入って出てくるまでに一年かかり、それを設置したところの風景が刷り込まれ、ゆっくりと時間をかけて映し出して行く。このスローガラスを題材にして3つの話が納められている。
畠山はすばらしい文章を持って、以下のように語っている。
「ガラスを通って出てくるのは過去の光であり、覗き込めばそこに過去の光景が見える。だから物語は、たとえば美しい田園の風景を蓄えたガラスが、汚れた都会の住宅の窓に嵌められたり、犯罪の現場にあった窓ガラスが、証拠として法廷に持ち込まれたり、といったふうに展開してゆくのだが、実際にこのような機能は、現代の映像メディアにおいて完璧に実現されてしまっているのではないか。
物語はやがて、忘却されるべき過去が、しつこい記憶として現在に侵入してくることの不幸を描き始める。これもすでに現代の僕たちにはおなじみの経験だ。いまや記憶は人間の心から離れた場所に着々と蓄えられ、その膨大な量がかえって僕たち自身を不安にさせているのだから。僕たちの時代は、あらゆる過去の光によって隅々まで照らし出されている。それは全面Slow Glass張りの建築の内部空間のようなものだ。身を寄せるべき陰はなく、すべては冷酷なほど明るい」。 (■3)
たくさんの水滴がついたガラス越しに乱反射した光景を写し取っている。そこには光が筋をなした未来的な画面でありながら、実際に何が写っているのか判別しづらい景色と、手前にあるやたらにくっきりと写った水滴。激しい雨が降る車窓に肘をついて物思いにふける旅のような、まるで遠い過去をじっと覗いているような気持ちになってくる。
一方の「Still Life」はロンドン郊外で再開発されたミルトンキーンズという住宅地を撮っている。ベージュの壁とオレンジのレンガで造られた住宅が、広い川の向こうに、広い芝生の向こうに、ぽつぽつと明かりを灯しながら並んでいる。整然と並ぶ家々の間を縫う遊歩道、マイカーの止められた緑地、しかしそこには誰の姿もない。ホンマタカシの『Hyper Ballad』(■4)にも通じるところがあるが、もしかすると猥雑な島国に住む者には、海外の広大な敷地のあまりに整備された景色と、人気のなさがかき立てる遠い生活感が、不思議な魅力を放つのかもしれない。
■1:畠山直哉『LIME WORKS』アムズアーツプレス(2002)
■2:ボブ・ショウ『去りにし日々、今ひとたびの幻』サンリオSF文庫(1981)
■3:同様のテーマは、舞台芸術を創る集団ダイムタイプも 『memorandum』(2000)のなかで描いている。つまり「情報の過剰による記憶喪失という新たな症状」(パンフレット掲載の浅田彰『をめぐるMemoRandom』より)である。
■4:ホンマタカシ『Hyper Ballad: Icelandic Suburban Landscapes』Switch Books(2002)
- 2003/11/13更新
- 2003/11/12登録
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コメント (4)
2003/11/12
らら ちょうど飯沢耕太郎『写真とことば』を読み終わり、どういう写真家なのか興味を持っていたところでした。文章にも味わいのある方ですね。
2003/11/13
灯 美文ですね。こういったテーマが、様々なジャンルにおいて同時代的に共有されていることがわかってうれしかったです。例えばダムタイプのメモランダム。ららさんもお好きなんですよね!<らら
らら 古橋悌二が友人に宛てて書いた手紙が感動的でした。ダムタイプには「ヴォヤージュ」で心底がっかりしましたが、もう少し長い目で見守っていこうと思います。古橋悌二の欠けた穴の大きさを改めて感じさせる作品でした。
灯 ダムタイプは優れた問題提起を高度なテクノロジーを持って表現していましたが、「ヴォヤージュ」では前者の方(つまり古橋悌二の存在)が抜け落ちているという落胆なんだと思います。後にICC でも展示されましたが、後者のあまりにも高いテクノロジーを用いた表現力に関しては、とても良い評価を得ていたと思います。彼亡き後は、高谷史郎と池田亮二のハイクオリティーな映像と音楽が中心となっていくのでしょうか?
「ヴォヤージュ」に関しては僕も書いたので見てみてください。
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