犬とにわとり
約10年前に実家で飼っていた『犬とにわとり』のあるエピソードが今年に地元ローカル誌の「随想ESSAY」に載りました。まさかウチの犬とにわとり記事になるとは思いませんでした。
「随想ESSAY」犬とにわとり
そのころの私は勤めを終えて帰宅すると、何はさておき2歳の孫(男児)をバギー(折り畳み式乳母車)に乗せて家の近所を一回りするのが何よりも楽しみでした。一回りといっても、する場所はまるで列車のように決まっていたのです。そのコースの一つに、すぐ近くの家の庭が入っていました。そこは茶道をたしなむ夫人の好みか、季節折々に咲く花木や野草がたくさん植えてあり、花はもちろん昆虫や蝶などがいて、二人にとって楽しい一敦でした。更にその植え込みの中に孫の大好きな動物の友達がいたのです。
一匹は茶色の小型雑種犬であり、いま一羽は白い雌のにわとり(成鳥)でした。犬は、私達がほぼ決まった時間に庭の中に入って行くと、震える細いしっぽを後ろ足の間に挟み込み、口をもぐもぐさせて、横歩きしながら孫の乗ったバギーにすり寄ってきました。
にわとりも薄暗い植え込みの下か、時には犬小屋の中から犬と一緒に近寄って来ていました。犬は精いっぱいの感情を体に表し、にわとりはいかにもそっけない風情で現れるのが対照的でした。
ある夏の日、そこへ行くまでに私は孫の手に、エノコログザ(ねこじゃらし)の穂を一本抜いて持たせていました。いつものように犬とにわとりがバギーのそばに寄って来たとき、孫が手にしていたエノコログサでにわとりの頭を目がけて何度かたたきました。にわとりはにげるでもなく頭を横に向けて、孫とその動作を見ようとしていました。
するとどうでしょう、いつもおびえと恥じらいの固まりに見えていた犬が、泣くような声を上げながら、孫とにわとりの間に立ちはだかるではありませんか。大人の私に気遣いながら、そして幼い孫に打ちすえられるにわとりを、身をていして守ろうとする犬の姿に、私は言葉もなくしばらくぼうぜんと立ち尽くしてしまいました。
にわとりも事の次第に気付いたのか、それから急いで犬小屋の中へ逃げ込みました。続いて犬も小屋に入って、どちらもそれから出てこようとしなかったのです。もとは肉食の祖先を持った哺乳類と、鳥類のにわとりのこの関係は、私達人間には計り知れないものがあることに気付かされる一件でした。
その後も、相変わらず訪ねて来る二人に対して、何もなかったかのように親しみを込めた出迎えをしてくれました。今はもう中学2年生になった孫は、このことなど一向に覚えていないようです。
2003.6
今から16年前に拾ってきた雑種犬のわんちゃん、性格は大人しく、ひかえめな犬でした。ある日、名古屋コーチンのひよこを2羽買ってきました。名前はひーよちゃんとぴーよちゃんでした。ひーよちゃんはひよこの時に死んでしまいましたが、ぴーよちゃんは卵を産む成鳥にまで育ちました。ひよこの頃は家の中で飼っていて大きくなると窓が網になっている水屋を小屋替りにしていました。成鳥になるとその水屋までもが窮屈になり隣のわんちゃんの小屋を占領してしまい、中は糞だらけ。それでもわんちゃんは一緒に生活していました。ぴーよちゃんはわんちゃんと一緒にドッグフードからヨーグルト、アメまで何でも食べていました。
はじめて庭でにわとりを放し飼いにした時、わんちゃんの目の色は普段と違っていて、まるで親の目で見守るようでした。ちょうど大きさや色が昔産んだ自分の仔犬と重なったようです。ぴーよちゃんが物怖じせずにわんちゃんの側に寄った時はわんちゃんがぴーよちゃんをペロペロなめ、前足で撫でていました。ぴーよちゃんは逃げもせずにその場でうずくまって心地よさそうにしていたのを憶えています。
夏場は家の自動販売機の灯りに集まってくるこおろぎを食していることもありました。ある日、夜明け前に『コケェーーッ!』という声がしたので慌てて外に出ると羽があたり一帯に散らばっていました。懐中電灯で照らして探し回りましたが見つからず、少し明るくなるのを待ってから探しました。そうすると近くの運動場の真中あたりで羽はなくなっていました。少し大き目の犬の足型が残っており、たぶん食べられてしまったんだなぁ。。。わんちゃんは繋がれているので守り切れなかったんだろう。少し寂し気だったわんちゃんを思い出します。
にわとりの写真は1~2枚しか残っておらず、今回はわんちゃんだけです。何とも言えない顔をしてます。とてもシャイな犬でした。









