乳ガン入院日記
2004/2/3~2/13、2/14、2/25、3/4
右乳房非浸潤性乳管ガンのため入院、手術。その後の経過。
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【それ以前のこと】
2000年秋、左胸乳首から血液が出る。行きつけの婦人科で検査。それ自体は悪いものではなかったが、婦人科の先生が「念のため、できることは全部やりましょう」と、いろいろな検査に紹介してくださった。その結果、翌2001年4月、大学病院で外来手術により一部切除をすることに。痛かった。検査の結果、良性。しかし、一度こういうものができた人は乳ガンになりやすいので半年に一度検査に来てください、と言われる。その後半年に一度の検査、マンモグラフィと超音波受け続け、2003年11月の検査で、なんと初発の左ではなく、右側に悪性物質が見つかった。検査を受け続けて良かった。
【退院して思うこと】
現在、50歳以上の女性に、年に一度のマンモグラフィが義務づけられているらしい。タダで検査してくれるってことでしょうか?冗談じゃない。乳ガンは若くてもかかるし、飛び抜けて発生率が高いのは40代だ。これからますます下がるだろう。これからやっと、40代からのマンモが義務づけられるそう。さらに、今現在“乳腺外科(もしくは乳腺科)”と、看板に明記してはいけない、のだそうだ。それでどうやって「乳ガンの心配があるけど、どこにお医者さんがあるのかしら」と迷っている女性が病院を見つけることができるのだろう。
そんな状況下ですが、読んでくださった女性の皆さん、検査を受けてください。触診ではなく、マンモを受けてください。仮にそれで何もなくても、年に一度は受け続けてください。途中でやめないでください。信頼できるお医者さんを探してください。信頼できなかったら別の病院に行ってください。友だちにもそう伝えてください。乳ガンは一番進行の遅いガンです。でも、3年放置したら、どうなるかわかりません。
「乳ガンなんてガンのうちに入らないんだから大丈夫」
という言葉は、実際に乳ガンを経験した人が、後から受ける友人にのみ、しかも、言っていい、言ってあげた方がいい人にのみ、言って許される言葉だと思います。
乳ガンも、ガンです。
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3/4
わけあって間の水抜きは別の病院で。久しぶりの通院。
「三日目の割にはあんまりたまってないね。でもこれだけたまっていれば、痛いよね」
相変わらず、先生の注射針は痛くない。謎だ。今回は注射器一度で終了。あと二回ほど通えば、おそらく大丈夫でしょう、とのこと。あと少しで完治だ。
そして、十年、検査に通う。先は長い。元気でいたい。
2/25
退院後初の外来。
「うわあ、水たまっちゃってるね」
先生、びっくり。
どうも右の腋から胸にかけて痛いな、痛いな、と思っていたら、たっぷりリンパ液がたまっていた。先生が、ちょっと痛いですよー、と言いながら針を刺す。痛くない。不思議なのだが、この先生の注射が痛かったことは一度もない。
「ありゃりゃ、こりゃすごいね」
最初に看護師さんが持ってきた注射器より太いものを指示されたのに、それでも抜けきらず、一度紙コップにちゅーーっと出して、再び吸入。たっぷり吸い取っていただく。
「一日おきに来てくださいね。次は金曜、月曜、水曜」
三日分の予約を入れていただき、軽くなった胸を抱えて帰途につく。
退院前も、なんとなく脇の下が気になっていたのだが、もっと早く病院に連絡すれば良かった。まあ別に珍しいことでもひどく悪いことでもないので、いいか。冷やさないこと、お酒はしばらく禁止。しくしく。とりあえず、時期が来れば自然に体に吸収されるものだし、傷の治りも良いので、来月中には違和感もなくなるでしょう。
この先生に診ていただけるのもあと何回か。先生は初診、術前の患者さんを診るだけでもパンクしているうえ、手術も研究も学会も。術後が落ち着いたら、若い先生にバトンタッチだ。ちょっと寂しいけれど、お顔は見られるのだし、検査はちゃんと通い続けよう。
乳ガンの手術を受けて、放射線も抗ガン剤もなしですむのはラッキーの一言に尽きる。普通はどちらか、またはどちらも必要とすることが多いはずだ。ぴーぴー泣いていないでちゃんと治療してとっとと日常に戻ろう!
2/14
退院後初めて、バスに乗って「街」に買い物に行く。たいした人混みではないが、やはり胸に何かがぶつからないかと怖い。
丸井のファウンデーション売り場でハーフパッドを買う。パッドの種類が多くて驚く。別に病人用ではなく、一般人用である。
体型が変わってからガードルを買っていなかったのでそれも買おうと探す。なんだなんだ。最近のガードルってのは。おパンツはかないではくものなのか!そういうものだったの?店員さんに聞くと、若いのに「しっかりしたのをお望みですか?いいものありますよー」と、奥から出してくれる。素材は今風だけど、そうそう、こういう形のやつですよ。「わたしもだめなんですよ、最近の一枚だけではくのって。なんか頼りないじゃないですかー」。ミニスカのかわいいお嬢ちゃんなのに、意見合いまくり。丸井の2000円引きギフトカードがあったので助かる。
一階に下りると、小物売り場のはずなのに、チョコレート売り場に変わっている。ゴディバからトゥールダルジャンまで、そこそこのメーカーはほとんどある。相乗効果ですね、丸井もチョコレートメーカーも。旦那と息子にチョコレートを買う。ほかの店まで行く予定だったので助かった。
買い物に出るとやはり疲れる。
ソフトタイプのダミーは軽いから、ふとした瞬間に左側に体が傾いて、おっとっと、になる。
でも、つくづく思う。
リンパを取った人は大変だろうなあ、と。
こんな疲れ方ではないはずだろうなあ、と。
全摘とリンパ切除とどっちを選ぶ、といわれたら、わたしは全的を選ぶ。というか、リンパを取るか取らないか、選べたのだ。選べない人はとるしかない。そのかわりわたしには、全摘か温存かを選ぶことはできなかった。
「仕事をするから、右手で書いたりパソコンを打つから」
という理由で、リンパを取りたくないと言い張った以上、今後まじめに仕事をしなければ罰が当たるだろう。
夫としみじみ話す。苦手だろうけど、聞いてほしい。聞いてくれた。ありがとう。
人は、笑っても、泣いても、気持ちを発散させられるそうだ。一人で泣きたいこともあるが、受け止めてもらって泣きたい時もある。そういうことをわかってくれて嬉しかった。
2/13
今日は回診が早い。朝食前だ。やがて4人の先生、3人の看護婦さんがわたしの部屋に回っていらした。主治医の先生も来てくださり、最後のガーゼをとる。
「うん! いいですね、退院大丈夫ですよ!」
もう、ガーゼも何もなし。透明な絆創膏が、傷に直角に9枚貼ってあるだけ。これで、今日家に帰ったら湯船に入ってもオッケー。ほ、ホント(汗)?!
初めてダミー入りの胸帯をする。なんというか、前あきのブラジャーなんだけど、綿のやわらかーい素材でできたベストみたいな形の……うまく言えないけど、つまりおばさんブラのフロントホック、ただしホック5個つき、みたいの。中にダミーやパッドを入れやすいポケットがついている。ガーゼも何もないところにつける。最初は怖い。でもつけてみたら痛みも違和感もない。ふむ。徹夜でやってきてくれた夫にセーター姿を見せると、やや左が下がって見える、と言う。なるほど、ブラのような「支え」力がないので、固まってる右側はそのまま、柔らかい左は、へにょ、と下がるのは仕方ない。オーダーしたブラは一週間後に到着するし、それまではこのおばさんブラしかしてはいけないのだし、帰ったら調整用に薄いパッドを買おう。
看護婦さんが「おめでとうございます」といいに来てくれた。先生に聞き忘れたことを聞いていただけますか、とお願いする。すぐに戻ってきて、
「お酒、全然構いませんって。あんまり飲み過ぎなければ(笑)」
な、なんか嘘みたい。ほんとにいいんですかー?!
お風呂もオッケー、フィットネスも、腕を強く使う運動でなければオッケー。ひえーっ。
逆に、日常生活でも、右腕をつよくひねったり急に動かしたり、重いものを持ったりするのは、しばらく御法度。寝る時右を下にするのもだめ。猫が胸に乗るのもだめ。要は、右胸にショックを与える動きはだめ、ということ。まあ、キレイにふさがっているとはいえ、縫った傷があるのだから当然でしょう。あとは、体力が落ちているので、元通りだと勘違いしないこと。それはそうですね。次回、再来週の外来までには、かなりのことがオッケーになりそう。完全復活はそのころだろうか。
支払いを済ませ、タクシーで帰宅。
家に帰ると、やや鬱気味。
かえってこられたのはうれしいのだけど……。
複雑な心境。これからこの家を片づけるぞーっ!というやる気はあるのだけど、何というか、昨晩からの喪失メランコリーが、いろんな形で出てくる。夫も子どもも本当によくしてくれる。老いた母まで来てくれる。これ以上何かを求めてはいけない、とわかっているのだが、一言でいい、ほしかった言葉が、何かあったのかもしれない。物理的でない、いたわりの気持ち。夫たちももちろんそれを示してくれているのだろうが、自分に余裕がないので、もう少し「オーバーに」言ってくれないと気づけない。
病人というのは傲慢なものだな。迷惑をかけたのはこっちなのに、まだいたわりの気持ちを欲しがっている。ま、少しずつ改善してゆくでしょう。自分が変わるしかないので。
夜、行きつけの理髪店でカットとブリーチをしてもらう。うれしいーー。理容師さんによると、髪を切ると、そこから気が出るのだそうだ。伸びた毛は、当然先から死んでゆく。すると気が詰まる。だから、たとえばすごいロングの人がほんの1センチカットしただけでもスカッとした気分になるのだとか。実感。
その後、入浴。湯船はいつ以来だろう。入院の日はシャワーですませたからなあ。気持ちよかったです。
2/12
退院前日。微熱。朝、家から息子が吐いた、と電話。病院に連れて行ってくれるよう頼む。夫、徹夜。申し訳ないがこればかりは。その後、別の大学病院にも寄ってもらい、たぶん夫、ぼろぼろ。
午後、ダミーの業者さんが来てくれる。いろいろと見せてもらい、良くできているものだなあ、と感心する。とりあえず退院の日に使うソフトタイプはその場で、シリコン製で重さのあるタイプとブラジャーは自宅に送ってもらうことに。合計6万円ちょっと。
その後、ゆっくり話すのは20年ぶりとなる、又従姉妹が来てくれる。青春期に姉妹のように仲良くしてもらった彼女。しみじみといろいろな話をする。お互い、いろいろあった。彼女の方がずっと大変なことを乗り越え、今もまだ抱えつつ頑張っている。お互い、頑張りすぎないようにしようね、時々会って、話しようね、と手を取り合う。
そこに、夫と息子が。えっ。結局、大学病院は行った意味があまりなかったようで、「よっ、母ちゃん。息子age」。……2ちゃんねる、見てるのか……どうやって見つけたんだよオマエは! 又従姉妹に二人を紹介し、息子は自分の食べたいものと飲みたいものだけ腹に入れて(今日嘔吐で休んでるのに!)、二人は去った。なんなんだおい。心配してたのに。
さらに、連載中の雑誌の編集長が!
「もう明日退院だからあんまり大きいと悪いと思って」
と、かわいい花束。うれしいー!花瓶がないけど……と迷っていたら、又従姉妹がペットボトルをはさみで切って、素晴らしい花瓶を作ってくれた。元々この花束のためにしつらえたような自然さ。彼女はもともと美術学校出身で、ここ2,3年、ようやく自分のやりたいことを復活したそうだ。彼女の描いたらんの絵が入賞して展示されるので、退院したら見に行きたい。やはり花のこと、よくわかってるんだなあ。
編集長にいろいろ伺う。今回もぎりぎりにお送りしたので申し訳ありません! でも、ぼちぼち読者さんからの反応もあるとのことで嬉しい。いつもニコニコ笑顔の似合う編集長は、ウィンドウズ雑誌の編集長だが、バリバリのマカーです(笑)。これからまた編集部に戻られるとのことで、颯爽と。ゲラの山が待ってるのかな……。
夜。
テレビも消して、エースをねらえ!も見ないで、8時台から横になる。初めて涙が出てきた。おっぱいのない自分の体を、考えてみれば、まだ見ていない。全身鏡でそれを見た時、自分はどんな気持ちになるんだろう。
手術前、全摘はかまわない、仕事をしたいから腋下リンパをとらずにすめばそれでいい、取ることになったら仕方ないが、かなりのショックだと思う、と公言していた。が、今頃になってしみじみ悲しくなってきた。なくなってしまったおっぱいが。
若い、一年目の看護婦さんが、ずっと話を聞いてくれた。それで元気になった。「何もアドバイスさせていただけないんです」と言いつつ、とにかく聞いてくれる。それが嬉しかった。ありがとう。本当にこの病棟の看護婦さん、助手さん、すべていい方だった。幸せな入院生活でした。ありがとう。
2/11
世の中は建国記念日、祝日。病棟主治医の先生から、退院の日にはガーゼも全部とれるので、軽いダミーならつけて帰っても良い、と言われる。間に合わないかもしれないが、明日朝一で業者さんに電話してみよう。今後もいろいろダミーや、場合によっては水着なども買うことになるかもしれない。
回診後、入浴。頭も洗い、すっきり。退院したら、その日から全身シャワーを浴びて良いとのこと。うれしい。湯船への入浴については伺っていなかったので、あとで伺おう。
祭日なので、たくさんの友だちがお見舞いに来てくれる。ツヨシファンの友人、学校のママ友だち。一時期、6人のお見舞い客がひしめき、みんなそれぞれ気にしながら、順次去る。ありがとう。本当に嬉しかったです。会いたい人に会えて。
2/10
結局7時半まで起きられず。必死の思いですぐお風呂に申し込み、シャワーを浴びる。どたばたしているうちに朝ご飯。薬を飲んで、回診があって、洗濯と乾燥をして、足りないものを地下の売店に買いに行って……気づけばすでにこんな時間。うわああ。仕事~~。
なんとか夜になって原稿送信。電話で打ち合わせて一応完了。またご迷惑をおかけしました。でも、とりあえず、できたー。
ホッとして『僕と彼女と彼女の生きる道』をリアルタイムで見る。ぎゅっと心を捕まれる感じ。ちょくごの『ぷっすま』に、ドラマの主役と、重要な役どころの役者さんが出演。「さっきの感動をかえせーーー」と叫びたくなるほどの脱力絵画を披露。あれは才能だね。
才能といえば。鬱なのに、自分は「いい方にいい方に」考える才能があるのかも、とふと思う。本当は「悪い方に悪い方に」考えるたちなので、あえて修正しているのかもしれない。後者の方が可能性大きいかなあ。
夕方、夫が寄ってくれる。いろいろ頼んで悪いと思う。以前とどけてくれたお手製ポテトサラダは、3回に分けてキレイに食べた。おいしかった。ありがたかった。
テレビを見たまま、変な姿勢で眠る。夜中にふと目が覚め、ベッドの高さを変えてぐーすか眠る。
2/9
比較的元気です。寝ていることが多かったから多少疲れは出ますが、見た目普通の人だろうと思います。
朝の回診、主治医の先生ではありませんでしたが、術後初めて圧迫していた胸の絆創膏をはずし、傷口の点検。順調、とのことでした。看護婦さんから「あー、きれいー!」という声も。当然ですが、傷口が、です。嬉しかったー。
「この分なら明日退院してもいいねー」
……ちょっと待ってください。入院も前日でしたが、退院も前日ですか?! まあ外科的には、ということで、実際はいろいろ安定してからですね、とのこと。
あわてて夫に電話。13日退院と決め、疾病保険の診断書を持って詰め所に行き、13日退院でお願いします、と告げる。
回診後、看護婦さんがし頭を洗ってくださった。お風呂も上が濡れなければシャワー可、なのだが、今日はやめておく。風邪が治りきったかどうか確かめ、明日にしよう。てゆうか今日は仕事あるんだし(汗)。
午後、ものすごーく久しぶりの友人が見舞いに来てくれる。3月末で会社を辞めるとのこと。みんないろいろ岐路があるね。
夫、一瞬のぞきに来てくれ、速効で仕事に去る。そんなに無理しなくて良いのに……。
夜、病棟主治医の先生来室。
「ええええっ、明日~?! それは冗談っぽく、ですよね?」
焦っておられました。さすがに明日は無理。12日もやはり無理。13日ならたぶん大丈夫、とのこと。最終的に退院の書類を書いてくださるのは病棟主治医の先生なので、いろいろ打ち合わせをして安心する。
今夜は見るテレビもないので早寝。その分明日早く起きて仕事~。
2/8
微熱続く。傷のためもあるだろうが、多少の寒気とのどの痛みがあるので、PL顆粒を出していただく。しかし調子は上り調子。明日は洗髪もできる!
午後からは喉の痛みもなくなり、かなり落ち着いた。ふと、ベッドに座り、ノートパソコンを膝に置いて打ち続けているこの姿勢。こたつと同じなんじゃないか、と気づく。だから暑いんじゃないのか、自分!
2/7
術後1日目。昨夜のしんどさが嘘のよう。起きあがって体を拭いていただき、パジャマに着替えるとすっきり。
朝の回診で飲水許可。お昼からおかゆオッケー。水、飲んだ飲んだ。水がおいしいーーーー! 看護師さんが、我がことのように喜んでくれる。ありがとう! 洗面台で歯を磨く。すっきり。それから、少し歩いてみましょうか、麻酔が残ってふらついたりしないかどうか、と、点滴を引きずりながら廊下を一往復。軽々。嬉しい。
看護婦さんが去り、点滴をひきずりつつ冷蔵庫へ。冷たい水を飲もうかと思ったのだが、目に入ったのは、チョコレート。いかん……と思いつつ、つい一つ口に。急いで飲み込んで歯を磨こう、と思っていたらドアにノック。
「胸のレントゲンをとりにいきまーす」
……変なものが食道に写っていたらどうしよう……。焦りつつ水を飲んで部屋の外に出ると、車いすを用意して助手さんが待っていてくれた。やはりまだ、エレベーターを使って数階の上り下りをしつつかなり距離のあるレントゲン室まで徒歩は無理、でしょう。
車いすに乗ったのは初めて、だと思う。
「怖くないですか?前に何もないし早いでしょう?」
助手さんに言われて初めて気づく。かなり目線も低いし、わたしは平気だけれど、年配の人には辛いだろう。昨年、伯母が入院している時、わたしは二度、伯母を車いすに乗せて院内を回った。二度目は玄関まで降りて、彼女の住む町を見せてあげた。家は見えないけれど。彼女はどんな気持ちで車いすに乗っていただろう。からだがしんどいのはもちろんだが、こわかっただろうな。こわがりだったから。今後、誰かの車いすを押す時は、乗っている人の身になって気をつけよう。……でも街は、車いす用にできていない。巨大老人ホームがある高井戸の街なんてひどいものだ。
昼からおかゆ。でもおかずは普通の煮物。おいしかった。とにかく元気! 調子に乗ってはいけないと思いつつ、こりゃすごい!と、メールを書きまくる。
12時近く、息子が泊まりに行っている母の家に電話をすると、まだ起きていない。昨夜10時に寝て今朝5時に起きて、朝10時にまた寝たらしい。いかがなものか。
昼食を取っている最中、主任執刀医の先生がふらりと入っていらした。昨日は先生の顔を確認する前に麻酔が効いてしまったので前日の注射以来、お会いする。昨日は午前一件、午後一件(わたし)の手術をなさり、その後神戸に仕事で出かけ、朝一の便で東京に戻られたのこと。さらりと言われて驚く。
「先生長生きしてくださらないとわたしが困ります」
「乳ガンの患者さんは皆さん長生きですからたいてい医者が先に死にます(笑)」
先生は水曜、木曜は朝8時代から6時代まで外来。ここは日本で二番目に混む乳腺外来なのだそうだ。ちなみに一位は癌研。で、金曜は手術、月曜、火曜に手術が入ることもある。ほかの時間は研究と指導と講演と学会と論文と……いつお休みになっておられるのだろう? 見た目、大変繊細で、手術なんて経験なし、ひたすら研究……的な印象の先生だが、さすが外科、しかも日本有数の乳ガンの権威。やはり豪放磊落なのかも。でなきゃやってられないよなー、こんな大変な仕事! と、しみじみ思う。
時計がないので時間がわからない。ついついテレビをつけっぱなし。2時過ぎからクサナギツヨシのナレーションで、 ドラマ・僕の生きる道に寄せられたメールの中から二つの家族を追うドキュメンタリーを見る。家でも録画しているのでじっくり見る必要はないのだが、落ち着いたカメラとクサナギツヨシのナレーションがしっくりマッチして、登場する人たちの真摯な姿勢が伝わってきた。
育児仲間以来の友人がお見舞いに来てくれる。おしゃべりしようと思って久しぶりに電話したら旦那が出て「入院して手術しました」と聞いたらそりゃ驚くよね。本の話などできて嬉しい。彼女の息子とうちの息子は同学年。彼女の息子は、わたしの出身中学に行く。なんだか不思議な気分。嬉しい。
主任執刀医ともう一人、病棟担当の主治医の先生がおられることは書いた。もちろん執刀も一緒にしてくださり、夫への術後説明もこの先生だった。その先生が病室に来てくださる。まだ若く、きりっとしてかっこいい先生だ。臨床を何より大事にしておられる姿勢がまっすぐ伝わってくる。こういう先生はきっと名医になる。患者の話を一所懸命聞いて、気持ちを一所懸命考えてくださるから。微熱があるのは、切ったのだから当然ですよ、安心してください、とか、症状以外の四方山話も含めてけっこう長く話してくださる。しかも、しょっちゅう病棟詰め所でお見かけする。パートでほかの病院にも行っているけれど、そのあと病棟に戻って仕事をしておられるらしい。以前、神経科の入院でも感じたことだが、本当に、まともな病院のお医者さんや看護師さんは大変だ。こんなハードな仕事がほかにあるだろうか、と思うほど。人の命がかかるから、よけいにストレスもかかるに違いない。今後、お医者さん、看護師さんたちは報われるのだろうか。そういう政治をしてくれるのだろうか。患者はもちろん、お医者さんが安心して研究と臨床に集中して、しかも生活できる環境。作ってほしい。
その反面、いまだにアホな医者の息子が裏金使って医大に入っている現状。こういうやつは絶対食えない様にしてほしい。
夕方からさらに熱っぽく、喉の痛みも加わる。風邪かなあ。
夫に、ゴディバのチョコレートを買ってきてもらうように頼んだ。どうしてもゴディバが覚えられず「ゴルバチョフに似てるチョコレート」と口の中で唱えて探し回ったらしい。落語の『平林』そのままである。途中でスターリンとかツェッペリンとかチャイコフスキーとかに変わっていたら、何を買ってきたのだろう。
毎日来てくれる夫の顔をしみじみと見て、万が一この人が病気になったら、わたしもできるだけ頑張ろう、と思う。思うだけでごめんね。
2/6
手術当日。朝から何も飲めない。食べられない。歯を磨いてうがい。その後も度々うがい。たいてい入院の時は吸い飲みを用意するが、これってほとんど使わないんだよねえ。だからペットボトルにつけるふた付きストローを買っておいた。飲むのにも、飲水禁止期間のうがい用にも便利。
主任執刀医の先生と病棟主治医の先生来室。もう一カ所の正体不明物体付近に目印の注射。全然痛くない。しばらくたってマンモグラフィを撮りに行く。
その後、浣腸、術着への着替えなどをすませて待つ。いよいよ点滴。研修医の先生がしてくださる。あまり痛みもなく、ありがたい。しかしこの、メインの部分はともかく、上の方の管を止めてる絆創膏は……たしかパッチテストで何もしないのに3回もはがれた絆創膏だったような……。あとで看護婦さんが「あれっ、これって……ですよね(汗)」(笑)。ま、いっか、二日間だけだし、と二人で笑う。
やがて病棟主治医の先生が研修医の先生と看護婦さんとともに、再び病室へ。
「さあ、頑張りましょうね。大丈夫ですからね」
すっごく頼もしい。
「じゃあ、今日は予定通り、時間は未定と言うことで」
言葉としてどこも間違っていないのだが思わず笑ってしまう。まじめな先生、とまどう。看護婦さん一人だけわかったようで必死に笑いをかみ殺している。しかし、和むんだな、この先生の元気な声を聞くと。
夫が来る。ネックレス、指輪、ピアスを預かってもらう。看護婦さんが「時間は12時45分に決まりましたので、15分にお部屋を出ますね」と知らせてくれる。これで未定ではなくなった。
12時10分、やや早めに手術室へ、徒歩で。安定剤も何も入れていないので普通に歩けるのだ。夫も入り口まで来てくれる。手を振ってバイバイ。
中央手術室内は広い。手術室が、20前後あるそうだ。すげー。ストレッチャーにうつり、運ばれてゆく。不思議な感覚。白い巨塔とか医療もので必ずあるカメラ構図だな。昨夜説明をしてくださった麻酔担当医の女医さんが迎えてくださる。大丈夫ですからねー、とこちらも励まし。たくさんの方に励ましてもらって、ほんとにありがたい。何度か名前の確認、手術する側の確認をされる。ここまで確認すればミスもないでしょう。酸素マスク装着。病棟主治医の先生がちらっと見えたところで点滴からの麻酔で意識を失う。主任執刀医の先生は未確認。
名前を呼ばれてぼうっと目覚める。成功ですよ、予定通りでした。全摘ですが腋下リンパは転移していなかったのでとりませんでしたよ。もう大丈夫ですよ。執刀の先生方が、そういってくださったらしい。そしてわたしはしっかり受け答えしたらしい。だけどほとんど覚えていない。
夫が術後説明を受け、その後一緒に病室に戻ったらしい。やはり痛いので座薬をお願いする。そのあとはとろとろと半覚半睡。暑い。昨年胃ガンで亡くなった伯母が、いつも暑い暑いと言っていた。漠然とこんな気分だったのかな、と思う。もっともっと辛かったのは確かだが。
しばらくして気づくと、息子が顔をのぞき込み、手を握ってくれている。嬉しかった。母も来てくれた。個室にして良かったとしみじみ思う。高いけれど、アリコで入っていた掛け捨ての古い保険、大切にしておいて良かった。一日2万5千円出るんだから助かる。たしか組合の国保からも一日2000円出たはずだ。
先生、看護婦さんが入れ替わり立ち替わり様子を見に来てくださる。
息子と母は7時に帰る。夫は消灯後までいてくれたようだ。何かおいしいものを食べて帰ってほしい。
この夜はさすがに辛かった。傷の痛みは座薬のおかげでさほどでもないが、禁煙してまだ2ヶ月、痰の絡みは多少きつい。これっきりたばこやめよう。きっぱり。それに暑い。腰が痛い。夜中に導尿管の袋処理や血圧測定に来てくれる看護師さんに姿勢を変えてもらう。こちらから何か訴えるまでもなく、
「何か辛いことはありませんか、どんなことでも」
と言ってくれる。本当にありがたい。
ひたすら早く朝が来ることを願う。水が飲みたい。水が飲みたい。水が飲みたい。口の中が気持ち悪い。うがいをしても気持ち悪い。水が飲みたい。
2/5
手術前日。午前中から手術に必要なもののチェック等。全部そろっていて安心。脇の下の毛を剃って入浴。しばらくは入れないので念入りに。昨日も入ったんだけどね。
ところで、まあ2週間やそこらだからいいか、と使っているリンス入りシャンプー。これ、相当危険な商品だと言うこと、皆さんご存じですか?マウスを使った実験で、毛を剃ったところにいろいろなメーカーのいろいろなシャンプー、リンス原液を塗ったところ、一番早く死んだのが某メーカーのリンス入りシャンプー。その後も次々とリンス入りシャンプーを塗布されたマウスが死に、普通のシャンプー、リンス組は最後まで残ったそうです。結局死んだけど。実験結果は某雑誌に載る予定でしたが、メーカーの圧力で中止になったとか。伝聞ですのでそこんとこよろしく。ちなみに私が使っているのは、マウスが最初に死んだやつです。ま、地肌に相当悪い、ということですね、一言で言えば。人間はそんなにカンタンに死にませんから。でも、禿げるらしいですよ。男の人だと。女の場合、頭の地肌って顔とつながってますから……考えるだけで怖いっす。ですからリンス入りシャンプーを使ったら、これでもかっ!というほど、まだか、まだ足りないのか、というほどすすぐことが大切だそうです。っていうか市販の安いシャンプーはほとんど同じだしリンスは不要。使うならコンディショナーを。リンスを使う場合、できるだけ地肌につけず、短時間で髪に揉み込んで徹底的にすすぐのがこつなんだとか。トリビアでした。
病棟主治医の先生が来てくださる。わたしは一度良性だったのに、きちんと半年ごとに検査に通ったから、今回、こんなに初期で見つかったんですよ、とほめてくださる。
乳腺の検査はたくさんの患者さんが来る。その中で良性だった人は「半年後に」と言われても、一度や二度は来るかもしれないが、だんだん来なくなってしまうことが多いのだそうだ。実際、外来で3時間、4時間待っていると、次はもうやめよう、どうせまたなんでもないんだから……と思う気持ちはわかる。わたしも一度、そう思った。でもそのときも、なぜか来た。その後もずっと来た。今回、白だったら、今後は一年に一度にしましょう、と話していた検査で、微細石灰化が見つかった。皮肉なものだが、ありがたいことである。
先生は、ちょっと悲しそうな顔をした。
良性だから、と検査に来なくなって、何年かたってから「おかしいんです」と来た患者さんが、かなり重い状態だったこと、手遅れだったこともたくさんある、と。僕もそういう方、たくさん見てきたので……と。先生の悲しみが、じん、と伝わる。どうしようもないのだけど、外来の混雑も解消できないのだけど、でも、検査は続けてきてほしいという気持ちと、それができない、したくない女性の気持ちもよくわかる。家庭のこと、仕事、いろんな理由で来なくなってしまう人の気持ちもわかるし、でも、そういう理由で先生にはどうしようもない結果になるのが本当に悲しいのだろう。
午後、アイソトープ室へ。ここは古くて暗い。もうちょっとなんとかならないものか。ある意味、一番「命」にかかわる人が多く来る場所である。外来など、目につきやすいところばかりキレイにしたい気持ちはわかるが……。お金ないんだろうなあ、大学病院。乳房のリンパがよくレントゲンに写るよう、注射を打つ。3本。「痛いですよー」と言われて覚悟する。確かに痛い。が、悲鳴を上げるほどではない。
夕方、先ほどの薬がどの程度広がっているか確認の撮影をするため、再びアイソトープ室へ。入り口で、大学の腕章をしたおじさんが、デジカメで撮影をしている。おじさんを含めて三人。「廊下の色が……」「壁はもう少し……」。そうか、もう少し明るくしてくれるのかしら。その方が良いと思いますよ。ほんと。撮影は、入院前の骨アイソトープと一緒の機械。
今日も夫が来てくれる。地下でお弁当を買ってきた。「電子レンジはないんだって」と言うので、この階にあるよと教える。チンして戻ってきて嬉しそうに食べている。ほんとにこのひとっていい人なんだよなー。変な感想(笑)。
それにしてもこの病院は駅の真ん前の一等地にありながら、周りに飲食店、コンビニ等、ほとんどない。理由ははっきりしている。ある団体がほとんどの土地を買い占めているからだ。はっきり書くと場所が特定されるから書かないが、その団体もさ、コンビニやグルメビルのひとつぐらい作ったら、団体関係者以外にも感謝されるのに。バカだね、まったく。
夜、エースをねらえ!を見ようかどうしようか迷う。病棟主治医の先生に相談すると笑顔で、
「どうせ明日は麻酔で寝てるんですから遅くまで起きていてもかまいませんよー」
もちろんイヤホンでですけど、いやーん、お蝶夫人!
「わたくしのパートナーの悪口をおっしゃるのは、どなた?!」
かっこよすぎ! 続いてドールハウス、ちょっと待って神様の最終回まで見て、就寝。白い巨塔は結末を知っているからかなあ、ついつい見逃す。つい見始めたら絶対見るのだけど。別に自分が病気だから見られないわけではない。実に素晴らしいドラマだとは思うのだが、どうしても江口洋介がミスキャストに思えてならないのだ。唐沢はさすが。しかし江口に知的なものを求めるのはどうなのだろうか……。うーん。難しいところです。単独で知的なお医者さんは可、なのだけど、財前との比較としての“白の魔法使い”的魅力がちょっと……。ドールハウスのバカッぽさの方が好き。
2/4
入院二日目。入浴もして気分良し。今のところどこから見ても病人ではないので、へらへら地下の売店に買い物に行ったりして。明日までに用意しなければならないものなど、たくさん買い出しに行く。少し疲れる。
同じところで同じ手術をした友人が見舞いに来てくれた。心強い。彼女も懐かしいようだった。しかし、たった一年で看護婦さんもお医者さんも全取っ替えのようす。名簿を見て「ひとりも知らない……」とつぶやいて、ちょっとがっかりの彼女。回転が速いんですね、大学病院は。
午後8時半からの予定だった手術内容説明は、消灯後の9時過ぎから。先生は本当に忙しい。いつもどこかを飛び回っておられる。
主任執刀医の先生と、同じく執刀に参加してくださる病棟主治医の先生が、これまでの経過、マンモグラフィ、MRIなどを見ながら、手術の予定を的確に説明してくださる。
乳頭近くの微細石灰化は小さいのだが、実は意外に奥深くまで侵入していたと伺い、驚く。MRIの白い広がりがそれだった。右上の未だ正体不明の物質云々以前に、この広がり方で全摘の可能性が高いと思います、とのこと。また、センチネル(見張り)リンパ検査により、危険そうなリンパをチェックし、転移していなければリンパは取らない方針を確認。そのためのアイソトープ検査を前日に行うとのこと。また、万が一、手術中に判断が必要になった時は、先生にお任せする。手術の時刻は、前の手術が終わり次第、ということで、午後だが未定。夫婦でしっかり納得する。
消灯を遙かにすぎて、夫、帰宅。わたしもすぐ寝る。
2/3
朝9時半、タクシーで病院へ。そのまま入退院受付へ。夫が付き添ってくれる。すぐに個室へ。パジャマに着替えて落ち着く。今日はとりあえず、病院内の探検と、仕事の宿題チェック。
持病の薬を全部提出し、返してもらいつつ、入院中はこの病院の精神科から出してもらうことに。
足りないものを夫に買い出しに行ってもらう。
足の付け根の動脈から採血。ちょっとびびる。肺機能検査、腎機能検査等。腎機能は蓄尿してそれを検査する模様。
それからパッチテスト。傷口を圧迫するために絆創膏をかなり大量に使うので、かぶれないかどうかの検査。左二の腕の内側に、三種類の絆創膏を貼る。すぐ、真ん中の白いのがはがれてしまった。再び貼る。翌日またはがれた。そのあとも、またはがれた(笑)。とことんこの白い絆創膏はわたしの肌と相性が悪いらしい。
地下の売店に行ってきまーす、と夫を残したまま、ナースステーションに挨拶し、地下へ。床屋さんが空いているので、ついカットと顔そりを頼んでしまう。部屋に戻ると、看護婦さんが何度も来ては途方に暮れた顔で去っていったそうだ。すみません。
『僕と彼女と彼女の生きる道』をリアルタイムで見て寝たいが、昨日ほとんど寝ていないから待ちながらうとうと。でも始まる前に目が覚めてホッ。しっかり見て、泣く。ぷっすままで見たらちょっとな、と自粛して、薬を飲んで寝る。
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入院前日。というかいきなり昼前、電話。
「こちら○○病院です。明日入院できますが、ご用意はいかがですか?」
マジ! マジに前日にかかってきたよ! しかも2月中旬から下旬と聞いていたからなんの用意もなし。髪も切ってないし、やらねばならぬことはいろいろ……でもここで逃したら次はいつになるか。
「大丈夫です!」
大丈夫じゃないんですが……。
ご迷惑をかける仕事関係の方にメールや電話。片づけていない部屋はあきらめとりあえず荷造り。ハードディスクレコーダがかなりいっぱいに近いので、焼けるものはどんどん焼いて消してゆく。
ぼーっとする。
ちっとも進まない。
酒を飲む。
やっぱり進まない。
結局、就寝朝六時。8時半に夫に起こしてもらい、よたよたと病院に向かうことになるとは、このときは知るよしもなかったって嘘だろ。そうなるに決まってる。
- 2004/03/05更新
- 2004/02/08登録
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