蒸発旅日記 つげ義春
その特異な表現世界によって、寡作でありながらも熱烈なファンを多く持つ漫画家つげ義春。そのつげ義春が、自らの旅について綴ったエッセー集、『貧困旅行記』所収の一編。
つげは、いきなり会ったこともない女性と結婚しようと九州へ旅立つ。その結婚相手とは、二、三度手紙のやりとりをしただけで、その相手については、自分のマンガのファンであり、最近離婚をし、看護婦をしているということだけしか知らなかった。
とにかく結婚してしまえばそこに住みつける。マンガをやめ、適当な職業をみつけ、九州でひっそり暮らそうと考え、所持金と時刻表をポケットに入れただけでとつぜん新幹線に乗り込む。借りていた部屋はそのままだが、二度と戻る気などない。蒸発である。
新幹線が広島を過ぎたとき、つげは、一匹のハエが窓ガラスにとまっていることに気づく。
「この蝿は私と同じように大阪から乗ったのだろう。するとこのまま九州へ行くことになる。九州へ行ったらもう戻ることはできない。そしたら九州でどのような生きかたをするのだろうか」
その後、熊本に帰る女工や、ストリッパーや、結婚するつもりの看護婦に出会い、関係を持つ。何も知らないつげ義春のことを、おんなたちはいともたやすく受け入れる。しかし、なぜか不思議と「リアル」に思えてしまう。男と女の関係とは、本来そういうものなのかもしれない。だとしたら、いつからそのようではなくなってしまったのだろう。
何かが凝縮されている。ひどく自然だ。あああ、何食わぬ顔で蒸発してみようと思う。
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