タクシードライバー
TAXI DRIVER
TAXI DRIVER
心に残る10本に常にランクインしている作品です。
オサレ芸能人とかが「デニーロかっこいい」とかいうアホウみたいな理由でフェイバリットに挙げていたりしますが、そういう映画じゃないっつうの。
映像がスタイリッシュなせいか本来のテーマが逆に伝わりづらくなっているのかもしれません。
自意識過剰な性格故の孤独な生活の中で、身勝手な正義感を帯びた男が女にふられた腹いせに大統領候補を狙撃しに行くストーリーのどこがかっこいいんでしょうか。
私はこの映画を見る度に孤独と怒りに苛まれていた頃を思い出して、いたたまれない気分になってしまいます。
どこかで「ハッピーエンドだったので意外だった」とか書いてる人が居ましたが、孤独な男が破れかぶれに行動を起こした挙げ句、何の充足感も得られず孤独な生活に戻るだけだというのに、それがハッピーエンドに見えるんでしょうか。(ラストシーンにはBGMが突然逆回転してトラヴィスが不安に駆られてバックミラーを覗くという不穏な予兆まで描かれているのに。←画面撮りして画像のとこにアップしてみました。)
DVDに収録されているメイキング・ドキュメンタリー「誕生から喝采まで」の中で脚本のポール・シュレイダーが後日談を語っているんですが、映画公開後シュレイダーの事務所に錯乱した若い男が乱入してきて「なんで俺のことがわかったんだ。タクシードライバーは俺のことじゃないか!」と詰め寄られたのに対し、彼がその男に諭した言葉が印象的でした。
「君は口では言えない程、辛い体験をして来たんだろう。
だが私やあの映画の関係者は皆、心の痛みがわかる。
現代に暮らす何十万という若者が悩みを抱えているんだ。
君一人だけが悩みを抱え苦しんでいる訳ではない。
映画を観て同じような人間が居るとわかったことは素晴らしい体験じゃないか。」
久しぶりに「タクシードライバー」を観ていたたまれない気分になっている私に語りかけられてるみたいに感じられて胸が詰まる思いがしました。
まだ13歳という若さで幼い娼婦という役柄だったにも関らず「脚本の素晴らしさに心を打たれて出演することに決めた」と語っていた(果ての無い孤独を描いた作品だとちゃんと理解していた)ジョディ・フォスターが「タクシードライバー」(そしてジョディ演じるアイリス)に魅了された孤独な青年ジョン・ヒンクリーにストーキングされ、その後ヒンクリーが「ジョディのためにやったんだ!」とレーガン大統領を実際に狙撃したという事件に巻き込まれてしまったのは本当に皮肉な展開だと思います。
またアイリスのヒモであるスポーツを演じたハーヴェイ・カイテルがあるインタビューでこんな事を語っていたのも思い出しました。
「人を殺したいと思った事が無い人間なんて信用できるかい。
そういう原初の感情を探究する事こそ人生じゃないか。」
「タクシードライバー」の事を語り始めると止まりません。
でもここまで深く心をえぐられてこそ映画だと思います。
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