フリオ・カセレス
2002年の日韓ワールドカップのあと初めて行われたトヨタカップ、レアル対オリンピア。
世間の注目がサッカーに集まっていたとは言え、その注目の95%はレアル・マドリッドに注がれていた。対するオリンピアのほうは殆どが日本では無名の選手であったが、一人密かに欧州への移籍を狙う若手に注目が集まっていた。
それが、フリオ・セサール・カセレスである。
日韓W杯前に代表戦に出場したのはデビュー戦の4月17日のイングランド戦のみ。それも途中交代で8分間プレーしただけだった。
しかし初戦の南アフリカ戦で代表初先発。勢いに乗って計4試合にフル出場。高い身体能力を生かして守備でも大きく貢献した。
それを見た欧州のビッグクラブはこぞって彼にオファーを出した。インテル、ユベントス、バルセロナ、バイエルン等で、同じパラグアイのサンタ・クルスの移籍金700万ドルを容易く破るであろうと想像されていた。
肝心のトヨタカップでは、本来のセンターバックからボランチにコンバートされ、ジダンのマッチアップを任された。しかし、限りなくアウェーに近い状況で、ジダンにも自由にプレーされ、期待された攻撃参加も精彩を欠いた。
チームも惨敗だった。
彼は欧州への最終テストに敗れたのである。
彼は未だにオリンピアでプレーしている。苦い経験を糧に、すっかりパラグアイ代表の中心として定着した彼に、2006年のW杯では注目が集まる。
- 2004/04/19登録
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