オリヴェイラ監督『永遠(とわ)の語らい』(2003)
去年は、歴代にヒッチコックやゴダールといった巨匠たちが名を連ねる「マスターズ・オブ・シネマ」を受賞、御年96歳となったポルトガルの映画監督、マノエル・ド・オリヴェイラの最新作だ(■1)。とても淡々とした映画だ。しかし、その鋭い時代認識にはただただ驚かされる。本作は前々作の『家路』(■2)を凌ぎ、私の人生の中で最もすばらしい映画となった。もし見てみようという人は、以下を読まないでほしい。
本作は三つの展開で構成される。そのシーンの重ね方、時間の配分、怠慢さまでもが全て計算されていることを知らなくてはならない。
一つ目は、まるでNHKの歴史教育ドキュメンタリーを見ているかのように、ヨーロッパを史跡を主人公である歴史学者の母と娘が巡る船旅だ。美しい母と聡明な子どもは様々な場所に下り立ち、母は子にとうとうと歴史の史実を伝え、子どもは純粋な問を繰り返す。歴史の語り手は時折、ツアーガイドや偶然出会った牧師や俳優などに替わり語られる。ギリシャに端を発す西洋文明とイスラムの衝突。文明が広がるということは人が死ぬということ。「歴史にはいくつも戦いがあるのよ。そして国が生まれるの、どんな国もそうよ」。そう母が語りかける。まさに教育番組のような作りだ。退屈ですらある。これが六割ぐらい。
それが、二番目の展開で少し雰囲気が変わってくる。ここで初めて船内のシーンが前面に出る。四人の成功者たち――女優、モデル、実業家、船長――が四カ国語で語り合う場面だ。四人のインテリたちは西洋の歴史と世界、言語や男女について、まるで理想のコミュニケーションのごとく話が繰り広げられる。見ている側からすると、まるで遠い世界の話のようだ。私たちには西洋の歴史といまが結ばれないように現実感がない。豪華客船が暗い闇をゆっくりと進む。
そして主人公の二人が加わるところから最後のシーンへと突き進んでいく。四カ国語のすべては理解できない彼女のために言語は英語になる。終盤、女優が美しいギリシャの民謡を歌う。「北風よ。緩やかに吹いておくれ…」。とても美しい歌声は一つのメロディーをリフレインする。その様はあまりにも素朴で感動的だ。そして、テロリストらに爆弾を仕掛けられたこと告げられる…。
最後のシーンはぜひその目で見ていただきたい。息が詰まった一瞬の感覚をいまでも覚えている。「北風よ。緩やかに吹いておくれ…」。あのリフレイン(■3)がいまも聞こえる。
■2004/06/09 (水) オリヴェイラ監督『永遠(とわ)の語らい』_2(注)
■1:マニエル・ド・オリヴェイラ監督『永遠(とわ)の語らい』(2003)
http://www.alcine-terran.com/main/...
■2:マニエル・ド・オリヴェイラ監督『家路』(2001)
「老い」について描いた秀作。作品の質からすればこっちの方が高いかもしれない。何とも言えぬ、佇む時間というものが淡々と描かれている。老優がよろよろと家に帰ってくる。中庭では幼い子どもが遊んでいる。まさに引き伸ばされ、そこに留まった時間たち。秀逸なアンチクライマックス映画である。作家の他作品については、以下に詳しい。
http://melon.gc.matsuyama-u.ac.jp/...
■3:蓮實重彦は映画パンフレットに「北鎌倉からマルセイユ」と題して、白い犬のシーンについて書いている。「どのように撮影されたのか見当もつかないシーンが挿入されている…停泊中の漁船の船先に縄で結ばれており、船体が揺れるにつれて首輪ごと引っぱられるので、犬は足を踏んばって海に落ちまいとする」。ずるずると波に揺れる船に引きずられては、岸壁ぎりぎりでふみとどまる――そのリフレイン。映画に通底する不穏なリズムを感じることができる。そして蓮實は「『永遠の語らい』は、いかなる説明も加えぬまま淡々と進展する。だから、転落の一歩手前でかろうじて踏みとどまるこの健気な犬を、9.11以降の西洋文明の象徴だなどと無理に解釈することはさしひかえたい。にもかかわらず…それぞれの国の言葉で世界や人生を語るとき、犬を見ていないからこそ、この人たちの饒舌は可能なのだと思わずにはいられない」と続ける。
- 2004/06/24更新
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