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ジャスティーン・シャピロ、B.Z.ゴールドバーグ共同監督『プロミス』(2001)

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BOX東中野で上映中のジャスティーン・シャピロ、B.Z.ゴールドバーグ共同監督『プロミス』(2001)を見てきたときの話。『プロミス』はイスラエルの実情を描いた(主に子供たちのインタビューで構成された)ドキュメンタリー映画です。

日常的に私たちは、少しでも知っている物事に、知らず知らずのうちに情報を積み上げていきます。そして、情報はまるで自身に安心や安定をもたらす法則にでも則っているかのように整合され、いつしか興味という形をとっていきます。このように多くの場合、興味を手にする順番は転倒し、ときに「興味」とは曖昧で事後的な形容です。私にとっての遠きイスラエルだって同じことです。とてもいい加減で不純(不順)なものでしかありません。パンフレットに多くの批評家たちの「イスラエルを描いたもっとも素晴らしい映画」という絶賛の言葉が交わされ、私はまた一つその「悲惨さ」を情報に積み上げ、持ち帰っていくことに満足しているのではないか――そんなことを思いながら見ていました。

見終わったあと、思い出したことがあります。それはアメリカ同時多発テロときに、ある精神分析医が引用した言葉でした。「災害におびえる人々の声明は、しばしば主体が無意識において不道徳な充足感を得ていること隠蔽するためになされる」。また、そこには事件後に何人かの患者が、一過性の改善に向かったことについても触れられていました。そして「善と悪の戦いという単純な図式の中で、大衆のぼんやりとしたサディズムがあからさまなはけ口を見いだす」というくだりには、自分を顧みて頷かずにはいられなかったことを思い出しました。映画は享楽です。その『プロミス』で得られた享楽(よかったなと思った部分)の、どこが不道徳な充足感と異なるのか。もう少し言えば、ある日本人がどこかで実際に(ドキュメンタリーで)人がパン!パン!と撃ち殺されたりする世界を除き見る享楽が、どうして、どのようなプロセスを通じて、パレスチナ問題に対する「興味」や「関心」なんかに置き換えられていくのか。とても不思議なこと。そう思うと「興味」や「関心」という入れ物は、どれほど不確かなものか。

最後に、多くの映画を見た人たちに非難されそうだから付け加えておくと、映画自体はパレスチナの子供の最後のセリフに涙がでたり、とてもいいものでした。ごめんなさい。

ジャスティーン・シャピロ、B.Z.ゴールドバーグ共同監督『プロミス』(2001)

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