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松井みどり著『カルチャー・スタディーズ アート』朝日出版社(2002)

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本書によると、80年代は理論的と皮肉、90年代前半は極限状態とリアルなもの、後半は日常性というものへ推移していったようです。

パリのポンピドゥーセンターにある国立近代美術館にもありましたが、自分の切り裂いた皮膚を縫いあわせるパフォーマンスや露出した臓器や性器を傷つけたり、もしくはケチャップを塗る(!)ビデオ作品など、90年代初頭には、近代(この場合はとりわけ80年代)に席巻した「父親的な理性がつかさどる言語や文化に教育されることによって、その不安を解消してい」く状況に対して「それができないとき(その状態を未熟というのですが)、また、そうできるという自信が脅かされたときに意識される……自分の内なる『おぞましもの』」が多数生み出されていきました。それについて本書には「闇の部分とはもちろん、人間の死への衝動に関係があります」と書かれていますが、要するに近代の父権的理性によって隠蔽されたもの――死(裏返せば、いまを生きること!)や汚物、性欲や身体=「リアルなもの」を意識的に公開していったということです。そこにはキャンプなもの――「『真面目』な態度を笑い飛ばそうとし……人生に対する遊戯的な姿勢」も含まれます。

そして90年代の後半では、「日常性の再発見」の流行が巻き起こります。これは流れからいけば、90年代前半が理論への反動だとすれば、この傾向がなだらかに全体へと推し進められた90年代後半は完全な理論離れといえます。身近な例ではアラーキーやHiromixの写真、絵画だったら奈良や杉戸洋なんか見れば顕著ですね。語弊があるかもしれないけど、彼らの「質量や技術の乏しさを作品の個性に変える美意識」は、キャンプなモノの延長線です。

もうおわかりのように、これらのどれが正しい/正しくないということが問題ではなく、細かく見ていけば20世紀の美術史には、私の自己のサンプルケースが網羅されているのです。よく見てると(ちょっと自意識が過剰な)あの人この人、必ずどこかに自己の片鱗を見ると思います。

思い浮かべていると、自分が決断して選択てきたと思っていたものが、何を言っても、霧のなか、あやふやに。

松井みどり著『カルチャー・スタディーズ アート』朝日出版社(2002)

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  • 原題: 『Culture Studies Art in a New World』
  • 2004/06/29登録
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