JAMES TIPTREE,Jr.
かつて、こんなに波瀾溢れる人生を送った作家がいた事を、長篇を1本も物さなかったにも関わらずSF文学界を揺るがした作家がいた事を、ここに改めて記しておきたい。以下、『愛はさだめ、さだめは死』(早川書房刊)、大野真紀氏のあとがきから抜粋、要約。
1916年、有名な探検家である父と作家である母の元に、女として生を受ける。両親に連れられて世界中の僻地の生活を体験する。
母の強大な影響に抵抗するため、12歳で自殺を試み、ハイティーン時代に駆け落ちして結婚、すぐに離婚。駆け落ちの理由は、ニューヨーク社交界デビュー→世界1周旅行(途中でイギリス国王に拝謁する予定)という計画を台なしにするため。
20代でグラフィック・アーティストとして個展や美術評論の寄稿で生計を立てていたが、1942年、陸軍に入隊。空軍情報学校の女性初の卒業生となり、写真解析士官としてペンタゴンで勤務。
1945年、いわゆるヘッド・ハンティングのプロジェクトに参加して、ドイツに渡る。この時、優秀な科学者とその成果をアメリカにもたらした事が、アポロ計画の実現に貢献したと言われている。このプロジェクトの立案者及び指揮官だったハンティントン・D・シェルドン大佐と結婚。
2人は軍を離れるが、1952年、CIAの設立に伴い、政府の要請で組織構築に尽力するようになる。夫は幹部、妻は写真解析部門の長になる。
1955年、彼女は自然回帰の欲求から、辞職願を残して蒸発する。別人としての生活を経て、やがて夫の元に帰る。
40代の後半になって、彼女は実験心理学に挑戦するため、大学に再入学する。そして首席で卒業、優等で博士号を取得。心理学講師として教鞭を取るが、やがて心臓の病気から断念せざるを得なくなった。
辞職する前に彼女は『面白半分に』SF短編を書き、プロフィールを伏せた上に架空の人物を創造して、1968年、“彼”の名前で発表した。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア、文壇デビューである。
それまでSF界に蔓延していたご都合主義・非科学的・『活躍するヒーロー』像などなどを根底から覆した彼女の作品は、大いなる衝撃と賛嘆の嵐に迎えられ、ヒューゴー&ネビュラ両賞などを総嘗めにしたのである。それから1977年に至るまで、“彼”のプロフィールは謎のままだったのだが、同年、とうとう女性である事が暴露され、本人も不本意ながらそれを認めた。
‥‥末路もまた、衝撃的である。1987年、自宅の電話から弁護士に事後処理を依頼すると、病の床に寝たきりとなっていた当時84歳の夫を自らの手で射殺、そして同じベッドの上で、同じ銃を使い、自殺を遂げる。Dr.アリス・シェルドン、享年71歳。
彼女の死以降、アメリカのSF文学は大きく変貌した。未来はパラダイスだとは限らない、異種間のコミュニケーションは重大な欠陥を秘める、優れたハードが凡庸なソフトを凌駕する可能性を否定できない、死の意義を再考する必要がある。彼女は人間心理の再認識という重要な宿題を、楽天的な後進たちに託して、またも俗世からおさらばしたのだ。
- 2002/02/23更新
- 2002/02/23登録
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