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「アトミック・カフェ」(と「フォグ・オブ・ウォー」)

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 ドキュメンタリー映画「アトミック・カフェ」(ケヴィン・ラファティー監督) 
九月十八日より、ユーロスペースにて、レイトロードショー。(だからわたしは、九月十七日現在、まだ未見です)

 チラシからの抜粋
「今から見ると、荒唐無稽な、冷戦下40~50年代にかけてのニュースフィルムやアメリカ政府製作の広報フィルムだけを素材に、ナレーションを一切加えずに、編集の妙技だけで見せきる、クールかつブラックなエディトリアルドキュメンタリー。」

 つまり40年代/50年代当時の、実際の、アメリカのニュース映像/政府広報映像のみによって、そのつぎはぎだけによって、創られた、「ドキュメンタリー」映画ということなのだが、ところが、どうやら、その素材となっている「映像」が、相当に荒唐無稽であるようなのだ。どのように荒唐無稽であるのかというと、「核」に対して、あまりにも、「無邪気で屈託がない」という荒唐無稽さであるようなのだ(それは予告編を見ただけでもだいたい想像はつく)。

 この映画のチラシに寄せられている作品へのコメントで、映画監督森達也さんは、「核」に対して、「これほどまでに無邪気で屈託がなかった」当時のアメリカということを指摘しつつ、「プロパガンダの恐さ」という「旧左翼的文脈」をあえて退け、「善意と正義。このふたつが世界を滅ぼす。それは今も変わらない」と明解に結論づけている。

 (まだ観ていないわたしではあるから)森達也さんのコメントを読みつつ、なるほどなあ、という気もするのだけど、しかしその同じチラシに、その森さんの観方とは対立する、現代美術家ヤノベケンジさんのコメントも寄せられていて、このコメントが、じつに興味深く、とても面白いので、以下全文引用してしまいます。

 <アニメ「亀のバード」の存在を知ったのは七年ほど前。アメリカで作品の展示をしていたときに美術館スタッフの一人から聞いたのだ。「ほんとうに恐かったんだよ。」とそのアメリカ人は幼少の頃見せられた「DUCK and COVER」のフィルムについて語り、その歌を口ずさんだ。それらプロパガンダフィルムをサンプリングした、この「アトミック・カフェ」は、皮肉に冷笑を誘う逸品となっている。しかし当時子供だった彼のなまの声を聞くとき、この作品がもつ真の意味が突き刺さる。これは洗脳メディアでコントロールされる戦争が続く今にこそ目撃しなければならない映画である。>
 以上がヤノベさんのコメントの全文です。
「ほんとうに恐かったんだよ。」、という一言はとても生々しい、歴史的証言だとおもう。
つまりわたしなどは、世代的に言っても、すでに安定した米ソの「核の均衡」としての冷戦しか知らないのだけど、しかしもちろん、はじめから、「核の均衡」が整っていたわけではなく、つまり不安定な核時代ももちろんありはしたのであって、それが、40年代ないし50年代(の、とくにアメリカ)ということになるのだが、そしてその当時、まさにアメリカの子供だったその「かれ」は、「ほんとうに恐かったんだよ」と、ヤノベさんに、話していた、ということなのである。きっと、当時のアメリカでは、核兵器というものの存在が、とても生々しく、実感されていたのだとおもう。「それをもつことがひとつの政治的手段」というような、ある種の論理としての「安全装置」は、まだ存在していなかったのだろう。それはただむきだしに単に「核兵器」である、ということにすぎなかったのだろう。だから「ほんとうに恐かったんだよ」ということになる。

 森さんの観方と、ヤノベさんの観方と、どちらがただしいかなんて、そもそも観ていないわたしに、言いようはないのだけど、しかし少なくとも、「ほんとうに恐かったんだよ」という一言だけは、頭にたたきこんだ上で、この映画を観ようとはおもっている。「当時子供だった彼のなまの声を聞くとき、この作品がもつ真の意味が突き刺さる」なるほどねえ、さすがヤノベケンジ、という感じもする。


 (とうとう「アトミックカフェ」の上映が終わったユーロスペースだけど(しかしずいぶん長い上映だった)しかし「フォグ・オブ・ウォー」はユーロスペースにてふたたび上映が始まりました。「フォグ・オブ・ウォー」の最初の上映は六本木ヒルズでの「モーニングショー」という最低の条件だったのだけど(映画の内容と合った上映形態にすべきだとおもう、そう考えるとやっぱり最低な上映条件だったとおもう)しかし今回の上映は渋谷ユーロスペースでのレイトロードショーで、「フォグ・オブ・ウォー」にとってとても的確な上映条件だとおもう。結構お客も集まっていた。)


 ほどほどにきれいな映像とか、あるいはショッキングな映像を「撮る」ことはさほど難しくはないが、しかしいくつかの映像を繋ぐとなると、これは極めて難しいということになる。ヌーベルヴァーグ以降の映画の困難とは、簡単に言ってしまうと繋ぐことのまったくの基準のなさ、その不可能性の露呈、と言っていいとおもう。ただ繋いだだけの映画であり、つまりワンショットも撮っていない映画であり、しかもそうであるにもかかわらず「ドキュメンタリー映画」でもある「アトミックカフェ」は、ヌーベルヴァーグ以降の映画の困難を、ものの見事にクリアーしたと言えるとおもう。正直言って、出来ばえが想像以上であったことに、わたしは驚いてしまったた。こんに見事なものとはおもわなかった。「アトミックカフェ」のラストの、クライマックスの繋ぎはまさしく圧巻である。四十年代から五十年代にかけての、もっとも無秩序だった(秩序が整う以前であった)アメリカの(この世界の)、生々しい歴史が、この映画によって極めて物質的に露呈する。そしてありえたかもしれない歴史、もう一つの歴史(それは未だに潜在的にわたしたちの側に存在しているかもしれない歴史)すらも、結果として語られてもいる。とても恐い映画。



(ところで、もう一つのキーワード「フォグ・オブ・ウォー」というのも、ドキュメンタリー映画のタイトルで、現在「ヴァージンシネマ六本木ヒルズ」にてすでに上映中です。「アトミック・カフェ」が、滑稽な「プロパガンダ」映像のつぎはぎによる映画であるのに対して、「フォグ・オブ・ウォー」は、まさにその「プロパガンダ」の背後の、政治的当事者の、生々しい証言としてのドキュメンタリー映画となっている。ロバート・S・マクナマラという、ケネディー政権とジョンソン政権で国防長官を務めた男が(かれは相当なスーパーエリートであるらしい)、キューバ危機やベトナム戦争などでの、政権内部での様子を、生々しく証言する「正当派」ドキュメンタリー映画。まったく対照的な「アトミック・カフェ」とあわせてこの映画も観てみたものだ)


「アトミック・カフェ」公式ホームページ

「アトミック・カフェ」(と「フォグ・オブ・ウォー」)

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投稿者:
room9
  • 2004/11/15更新
  • 2004/09/17登録
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