法隆寺
主に私には2つの問題意識があります。
①現在の私達が持つ法隆寺のイメージは、いつ形成されたのでしょうか。
奈良の寺と言えば法隆寺、になったのは
明治政府の文化政策からかな。
②古代末期から中世の法隆寺
天平年間はともかく、奈良時代の文献に法隆寺が出てこないのは
やっぱ社会の関心がなかったことを示すんだろうなあ。
平安時代末期、特に鎌倉時代になって、
色々な活動をやってるし。
荘園もなさそう。(播磨を除く)
中世の法隆寺ってなんであんなに文献がないんだろう・・・。
マジなかったら、
どーしよーもないじゃん(゚o゜)\(-_-)
- 2002/03/11更新
- 2002/03/10登録
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最新コメント5件
2002/03/10
xenon >舎人の他の作品で残っているのから想像をはせるっていうのは、具体的にどういうことでしょうか??
shachi うん。しかも鎌倉時代から戦国、江戸時代にかけては坊主=戦闘集団だったので排斥の対象としていたので結構やかれてるんですよね。(奈良の大仏殿筆頭に。)芸術の面から見れば「もったいない」ですが、当時の為政者からすれば「めのうえのたんこぶ」ですから、時代背景的にしかたないかなぁと。
xenon 荘園持ってて、あんなに力があるんじゃしょうがないっすよね(笑)坊主は技術者集団でもあったしねえ。
shachi 技術者で食えなくなって出家して飯食うっていうパターンは「一休さん」で有名ですからねぇ。「雪舟」もそうですねぇ。
2003/04/26
いにしえ 梅原猛の「隠された十字架」の聖徳太子と法隆寺の考察、真偽の程はさておき、なるほどと考えさせられますね。ものの発想はやはりその当時の人になりきらないと。
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