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真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々

  • 真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々の画像

「1941年12月7日に生起した、日本の真珠湾攻撃に至るまでの経緯と決定事項に関してこれまでさまざまに語られてきた多くの事項に対して、本書は疑問を投げかけ主張を異にするものである。著者である私の唯一の目的は、海軍基地及び周辺の陸軍施設に破壊的攻撃をもたらすに至った出来事の真相を明らかにし、それがフランクリン・ルーズベルト大統領とその軍事・政治顧問である側近高官の多くのものにとっては、決して「奇襲」でなかった事実を伝えることにある。
 本書は、アメリカ合衆国が自由世界を恐怖させた血なまぐさい戦争にいかにして介入したか、そのありのままの物語である。本書は、アメリカの戦争介入が賢明であったか否か、を問うものではない。
 太平洋戦争を経験した退役軍人の一人として、50年以上もの間、アメリカ国民に隠蔽されつづけた秘密を発見するにつれて、私は憤激を覚えるのである。しかし私は、ルーズベルト大統領が直面した苦悶のジレンマも理解した。自由を守る戦いに参加するため、孤立主義に陥っているアメリカを説得するに、彼は回りくどい手段を発見するほかなかった。そのためには人命を犠牲にするだろうということを彼は承知していたが、それが何人になるかは知ることができなかった。
 アメリカ国民は、第一次世界大戦において「世界を民主主義のために安全ならしめんとする米国の理想が失敗したことに、幻滅を感じていた。アメリカ国民の多くは再び起こる戦争の恐怖から若者たちを守るため孤立主義を唱え、ルーズベルト大統領が息子たちを「外国の戦争には」送らないだろうと信じていた。しかし、アメリカ国民は自国に対する明らかな武力行為には反撃するだろうとルーズベルトは考えていた。そこで、ルーズベルトが側近たちと示し合わせて下した決定は、一連の行動を通じて日本を明らかな戦争行為、つまり真珠湾攻撃へと挑発することであった。
 17年間にわたる公文書の調査及び米海軍暗号解読者たちとの直接インタビューの過程で著者が発見した通り、ルーズベルトのジレンマを解決した答えは、情報の自由法に基づく請求により入手した途方もない数の文書の中に記録されている。それらの文書には、アメリカを戦争に介入させ真珠湾及び太平洋地域の諸部隊を戦闘に叩き込むべく、明らかな戦闘行為を誘発するために、ルーズベルトには8つの手段が提案された彼はこれらの手段を検討し、すぐに実行に移した。第8項目の手段が実行されると、日本は反応してきた。1941年11月27日および28日、米君司令官たちは、次の命令を受け取った。「合衆国は、日本が先に明らかな戦争行為に訴えることを望んでいる」と。
 ヘンリー・スチムソン陸軍長官によれば、これはルーズベルト大統領から直接出された命令であるという。」前書きより

Amazonでも「今後、この著作を経ずして真珠湾を語ることはできないだろう。それだけの重みをもつ本である。」(大滝浩太郎)と紹介されるほど重要視されている本です。ググればいくらでもこの本について書かれた文章が見つかります。

たとえばhttp://blog.yoshiko-sakurai.jp/...
http://www.asyura.com/0304/war31/msg/...
http://www1.u-netsurf.ne.jp/...
など。
中でもマッカラムが1940年10月に作成した5ページの覚書、「つまり、当時ヨーロッパを侵略しつつあったドイツ軍に対抗していたイギリス軍に、気のすすまないアメリカを動員加担させる状況を作り出そうという計画」p23の戦争挑発行動8項目覚書は重要と思われるので、引用したいと思います。とりあえず下の線から次の線までは読んで欲しいところです。
―――――――――――――――――――――――――
海軍情報部長あて覚書  海軍情報部長極東課長1940年10月7日

表題 太平洋地域の情勢見積もり及び米国の取るべき行動に関する意見具申

 1 アメリカ合衆国は今日欧州では敵対的なドイツ及びイタリアと対決しており、また東洋では敵対的な日本とも同様な状態にある。これら二つの敵対的グループの間に介在する大陸国家ロシアは現時点では中立だが、あらゆる可能性から考えて枢軸国に味方するだろう。これら枢軸国に対するロシアの好意的な態度が欧州戦争での枢軸国の勝利の見込みを直接高めることになると期待されるかもしれない。独伊は欧州大陸で勝利を収めていると見られており、そして欧州全域が枢軸国の軍事的統制下におかれるか、またはその隷属を強制されていると見られている。唯一、大英帝国が独伊及びその衛星諸国による世界支配の増大を阻止するための戦いを、積極的に戦っているに過ぎない。

 2 アメリカ合衆国は最初欧州戦争には干渉しない態度をとっておりまた独伊は力の及ぶ範囲内で、欧州戦争の結果に米国が無関心な態度をとり続けるよう、あらゆる手段を尽くしてきたとの見方を支持する相当な証拠がある。逆説的ではあるが独伊軍が勝利を収めるたびに、米国内の英国政府に対する同情と物的援助は増大して。戦争以外のあらゆる援助の手を差し伸べる政策を、英国政府に約束する立場に立っている。情勢が急激に変化しているので、米国政府は極めて近い将来、英帝国の全面的な同盟国となるだろう。
 アメリカ合衆国を無関心な傍観者の立場に維持せんとする独伊の外交政策がついに失敗に帰した結果、独伊は(欧州以外の)他の地域で米国の安全保障に脅威を与える政策を採用せざるを得なくなった。それは、特に中南米地域における枢軸国に支配されたグループによる革命の脅威や、極東での日本による侵略と脅威を増大されるための激励である。それは、独伊がこうした手段により、米国の考えかたや、米国自体の身近の安全保障に大混乱を生じさせ、純然たる防御準備にきわめて神経質にさせ、米国のいかなる形式の対英援助をも事実上、禁止させようと希望しているからである。
 この政策が採用された結果、独伊は米国を対象とした、日本との軍事同盟を締結した。この条約について報道された条件及び日独伊指導者たちの、とげとげしい言葉が信ずるに足り、かつそれらを疑う理由もないように思えるので、米国が対英援助に踏み切ったり、または米国が東洋における日本の目標遂行に力ずくで介入する場合には、これら全体主義3カ国は米国との戦争に同意している。そのうえ、独伊は戦争に至らない、米国の対英援助が開戦の理由となりうるか否かを決定する権利、または彼らが英国を破った後ではそれが対米戦の理由とはならないと決定する権利を、はっきり保留している。換言すれば、英国が敵国により処分された後で、直ちに対米戦争に進むか否かを決定するだろうと言うのである。
 地理的条件からドイツもイタリアも日本にはいかなる物的援助をも提供できる位置にはない。反対に日本は、英国の自治領及びオーストラリア、インド、蘭領東インドからの物資補給ルートに脅威を与え、恐らく補給ルートを攻撃することにより、独伊両国に対して、大きな援助を提供することができる。かくして、欧州における枢軸国に反対する英国の立場を実質的に弱体化させることになる。
 この援助と交換に日本は、米国が日本に対して積極的な行動に出るのを阻止するため、米国の注意をひきつけるべく。独伊は全力を尽くすだろうとの追加約束を得て、日本は奪取可能と考えるアジアのすべてを占領するためのフリーハンドを獲得している。
 われわれはここで再び枢軸国と日本との――米国の力を発揮不能とし、かつ、脅迫と警告とにより、米国民の考え方を混乱させて、行動するか、しないか、いずれの分野でも米国の迅速な決定的行動を阻止せんとする――外交的駆け引きの実例を見た。欧州の枢軸国または極東の日本が、最も望んでいないことは、いずれの戦域においても米国による挑発的な行動であるということは、いかに強く強調しても強調しすぎることはない。

 3 欧州の現状を検討すると、英国を援助するため、われわれがまだ実施していなくて、現在直ちに実施可能なものはほとんどないとの結論に到達する。われわれは英国を援助するために派遣すべき訓練された軍隊を保有していない――少なくともあと一年は保有しないだろう。われわれは現在、対英援助物資の流れを増大して、あらゆる実施可能な方法で英国の防衛を支持するよう努力している。そして、この援助が増加されることは疑いない。
 一方英国が戦争を継続し、英海軍が大西洋の制海権を維持しているかぎり、ドイツまたはイタリアが米国に対抗できる可能性はほとんどない。われわれの立場にとっての一つの危険は英帝国が早期に降伏し、英艦隊が手つかずのまま枢軸国の手に入ることである。このような事態が生起する可能性はわれわれが実際に英国と同盟しているなら、実質的には少なくなっているが、もしくは英国にかかっている圧力を、行動の別の分野で軽減するため積極的手段をとるならば、最小限に抑えることができる。要約すると、英国海軍が大西洋の制海権を保持し、米国と友好関係にある限り、大西洋における米国の安全保障に対する脅威は小さい。

 4 太平洋では、日本は独伊との同盟のおかげで、英帝国の安全保障にとって決定的な脅威であり、いったん英帝国が消滅すると、日本―独伊の戦力は米国と対抗することになる。シンガポールに対する日本の脅威または攻撃を伴った、また、バルカン半島及び北アフリカ経由のスエズ運河に対する独伊軍による強力な陸上攻撃は、英帝国にとってきわめて深刻な結果をもたらすことだろう。
 日本を牽制もしくは中立化させることができたなら、枢軸国がたとえスエズ運河攻撃にせいこうしたとしても、インド洋から英国の海軍力を排除することによってもたらされるのと同じ位の利益――つまり、日本にとって欧州補給ルートを開き、東洋の原料補給海上ルートを独伊まで伸ばす――を日本にもたらすことにはならないだろう。従って、英米が欧州を海上封鎖し、かつ日本が部分的にせよ(東アジアで)活動している場合には日本は牽制されなければならない。

 5 第3項で指摘したように米国が欧州の情勢を救うため直ちに実施可能なことはほとんどない一方、米国は日本の侵略的行動を効果的に取り止めさせることが可能で、しかも米国の対英物的援助を減ずることなく実施できる。

 6 米国と対立している日本の現状を分析すると、次のことが言える。
 有利な点
(1)日本列島は地理的に強力な優位性を持っている。
(2)きわめて中央集権化された強力な政府である
(3)厳格に管理された政治経済体制をとっている。
(4)国民は苦労と戦争になれている。
(5)強力な陸軍を有する。
(6)米海軍の約3分の2の兵力からなる熟練した海軍を有する。
(7)ある程度の天然資源の備蓄がある。
(8)4月までは天候により、日本近海での作戦行動が困難である
 不利な点
(1)アジア大陸での消耗戦に150万人が投入されている。
(2)国内経済と食料配給が厳しく制限されている。
(3)戦争に必要な天然資源が大幅に不足している。特に石油、鉄及び綿花が不足している。
(4)欧州から資源を入手することが不可能になっている。
(5)必需物資を遠い海上通路に依存している。
(6)合衆国と欧州の市場に頼ることなく、軍事機材の生産と補給を増加させることができない。
(7)主要都市と工業地域は空襲を受けやすい立地条件にある。

 7 太平洋において、アメリカ合衆国は防衛上きわめて有利な立場にあり、海軍及び海軍航空隊は現在、この地域で長距離侵攻作戦を実施する能力がある。
 われわれは、次の点でもきわめて有利である。すなわち
(A)フィリピン諸島は今もなおアメリカが領有している。
(B)友好的で多分連合側に加わる国家の政府が蘭領東インドを支配している。
(C)われわれと友好関係にある英帝国が、香港とシンガポールを領有している。
(D)中国の主力軍隊が今なお日本と戦い続けている。
(E)日本の南方補給ルートに対し、重大な脅威を与えることのできる、米海軍の小部隊がすでにその作戦海域にいる。
(F)米国と同盟を結んだら貴重となる、オランダ海軍の相当規模の兵力が東洋に駐在している。

 8 前述したところから、次の結論を引き出すことができる。米海軍が日本に対して速やかに侵攻作戦を実施すれば、日本は独伊のイギリス攻撃を支援できなくなるだろうし、日本は最も不利な状況で戦わざる得なくなるか、もしくは海上封鎖部隊により、かなり早い時期に国家が崩壊する状態に直面することになるだろう。
 英国及び和蘭と適切な協定を結んだ後で、機敏かつ早期に対日宣戦を布告すれば、独伊が米国を効果的に攻撃する前に日本を早期に崩壊させ、太平洋から敵を排除できるだろう。さらに、日本を排除することは、独伊と対決している英国の立場を確かに強化するに違いない。さらに、そのような行動はわれわれと友好的関係を望んでいる、すべての国家の信頼と支援を増大させることだろう。

 9 現在の世論の状況からは、さらにより多くの騒動が発生しない限り米国政府が対日宣戦布告を出来るとは思えない。われわれの積極的な動きにより、日本が態度を変更することはほとんどない。従って、次の施策8項目を提案する。
(A)太平洋の英軍基地、特にシンガポールの使用についての英国との協定締結。
(B)蘭領東インド(現在のインドネシア)内の基地施設の使用及び補給物資の取得に関するオランダとの協定締結。
(C)蒋介石政権への可能なあらゆる援助の提供。
(D)遠距離航行能力を有する重巡洋艦一個戦隊を東洋、フィリピンまたはシンガポールへ派遣すること。
(E)潜水戦隊二隊の東洋派遣。
(F)現在、ハワイ諸島にいる米艦隊主力を維持すること。
(G)日本の不当な経済要求、特に石油に対する要求をオランダが拒否するよう主張すること。
(H)英帝国が押しつける同様な通商禁止と協力して行われる、日本との全面的な通商禁止。

 10 これらの手段により日本に明白な戦争行為に訴えさせることが出来るだろう。そうなれば、益々結構なことだ。いずれにしても戦争の脅威に対応するため、われわれは十分に準備を整えておかなければならない。
A・H・マッカラム
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ルーズベルトが確かに、この覚書を読んだ決定的な証拠が見つかっているそうですしp25、指紋も発見されているそうですp27。またこの「覚書を作成した翌日の1940年10月8日日本と極東に関係する、二つの重要な決定が下された。その第一は、国務省が米国人に対して極東から可及的速やかに立ち去るように告げたことである。第二には(略)大統領はマッカラムの覚書のF項目、ハワイ海域を基地とする合衆国艦隊を維持する件を議題にのせたことである。」p28

この本は時間が行きつ戻りつするので非常に読みにくいのですが、目に付いたところをピックアップしていくと……

「1940年の9月下旬から10月の第一週にかけて、陸海軍の暗号解読班は日本政府の主要な暗号システムを二つ解読したそれは主要外交暗号の紫暗号(パープル・コード)と海軍暗号の一部である。(中略)パープル暗号は日本外務省が、東京と選ばれた海外の大使館および領事館との間で外交無線電報を送る際、電報を暗号化するのに使用されただけである。(中略)日本海軍がパープル暗号を使用したことは一度も無い」p45
「アメリカの暗号解読者たちが日本の4つの海軍暗号の解読に成功した時期については、いまだに議論が絶えない。数度にわたる真珠湾調査で得られた証言では日本海軍の暗号は1942年春まで解読されなかったと示唆している。著者の調査結果はこれとは異なり、解読に成功したのは1940年の秋の初め、アーサー・マッカラムの覚書が大統領執務室に届けられたのと、大体同じ頃だった。」p46
「解読時間を短縮するため、米海軍は特別の暗号解読機を開発した。5数字暗号のすべての点について、米海軍の60年近い秘密保持に象徴されているように、暗号解読器の仕組みについては今なお秘密につつまれている。暗号解読機は国立公文書館に引き渡されていない。海軍の暗号解読員たちが入手した5数字暗号の傍受暗号文も国立公文書館に引き渡されていない。1999年現在も守られている、この異常とも言うべき秘密主義を、著者は、アメリカ政府及び、特にルーズベルトが日本の真珠湾攻撃計画を事前に知っていたのではないか、という疑惑から遠ざけることを意図した措置であると主張する。
 しかし1940年のインガソルの書簡は真珠湾以前に海軍の検閲官によって一度も検閲の対象とされなかった5数字暗号に光を投げかけた。この暗号は1940年4月以前に解読されていた。アーサーマッカラムが用意したホワイトハウス回覧記録によると、1941年1月までにルーズベルト大統領の名前が、日本海軍暗号電報回覧表に載るようになっていた。
 1月30日マニラ沖コレヒドール島の米海軍がフィリピン暗号解読センター・CASTは、日本軍事情報に関する第一報をルーズベルトに送ったこの電報は仏領インドシナ沖の南シナ海で日本艦艇の一大勢力が集結しているとの知らせであった。それは不吉な前兆であったp47-48

「傍受局Hで受信した電報と、H局のそれら電報に該当する無線日誌とは、アメリカが真珠湾攻撃を知っていたことを示す、有力な証拠である。アメリカ国民はこうした記録が存在することを知らない。(略)最も有力な証拠は11月25日、第一航空艦隊(ハワイ攻撃機動部隊)あての山本連合艦隊司令長官からの電報である。(略)山本はこの電報の中で、無線封止に関する米国と日本の主張、すなわち、12月7日以前の発信電報からはハワイ、真珠湾という言葉は除かれていたという両国の主張を否定する証拠を提供している。当事者両国の主張は、真珠湾奇襲伝説の核心となっている。(略)山本は第一報で次の通り指示していた。
「機動部隊は極力その行動を秘匿しつつ、11月26日朝単冠湾を離れ、12月3日午後、北緯42度、東経170度の地点に進出し、速やかに燃料補給を完了すべし」
山本長官は第二報で続けて指示した。
「機動部隊は極力その行動を秘匿しつつ。対潜対空警戒を厳にしてハワイ海域に進出し、開戦劈頭、在ハワイの敵艦隊主力を攻撃し、これに致命的打撃を加えるものとする。最初の航空攻撃はX日の明け方とする正確な日時は後令する。」」p92-93

「コレヒドール、グアム、ハワイ、アラスカのダッチハーバーにある海軍無線監視局は確かに日本の無線暗号電報を受信していた。機動部隊を編成していた31隻の艦船とその司令官たちは、ほぼ11月12日から12月7日の「奇襲」まで25日余りの間、無線封止を破って発信しまた東京から電報を受け取っていた。11月18日に傍受された電報は、通信保全処置はなんらとられておらず、ローマ字でH-I-T-O-K-A-P-P-U-B-A-Y(単冠湾)と一字一次綴られていた。これらローマ字は暗号化さえもされず、そのまま送信されていた。この件は傍受局Hの記録から確認可能であった」p95

「連合国の暗号解読者を惑わすため、日本の外務省は1941年の1年間に3度、津暗号を変えたが効果はなく、US局はすぐに追いついた。USは(日本の外交暗号が)変更される度に速やかに解読し、直ちにCASTとHYPOの両局に電報で知らせた。最初の変更は1月に行われ3月まで有効であった。ワシントンはこれを「J-17」と呼んだ。次の「J-18」は4月から5月、そして最後の「J-19」は6月から12月まで6ヵ月間使用された。このJシリーズを傍受したFIVEは、J-19暗号で伝えられた東京からのスパイ命令を入手した。その命令には真珠湾の太平洋艦隊錨地に対する爆撃計画の準備が司令されていた。ショートの傍受電信員は爆撃計画電報を解読することができないので、電報をワシントンに転送した。その電報が解読翻訳された時、(日本軍の真珠湾)爆撃計画が明らかになった。しかし、ワシントンがこの解読文を封印してしまったので、真珠湾を目標にした爆撃計画については、一言もショートにもキンメルにも伝えられなかった。」p128-129

「アメリカが、日本のハワイ攻撃を事前に知っていたのではないか、という議論の中心になっているのは、海軍暗号である。海軍暗号には29システムあった。日本はこれらのうち4システムを使って無電で、ハワイ攻撃部隊の編成と派遣を命じた。アメリカの「見事な配備」は1940年秋までに、これら4システムのそれぞれを破っていた。イギリス、オランダ、蒋介石の中国政府も同様であった。アメリカと連合国が、この海軍暗号を真珠湾以前に破っていたという事実は、60年間、隠蔽されてきた。米海軍士官たちは議会の調査員から主要暗号に関する文書を隠し、海軍情報部の記録も、米海軍の暗号解析記録に収める前に改ざんした。すべては、暗号解読に成功したことを隠すための工作であった。」p135-136

「11月初旬、(日本艦船の)航路通報暗号から初めてハワイ(作戦)計画が明らかになった。アメリカの暗号解読班にとって、航路通報暗号ほど「有益」な情報源はなかった。11月2日から12月4日までに、日本艦船の航路通報210件を入手した。この中には機雷敷設艦から第一航空艦隊の空母に至るまで、あらゆる種類の艦艇が含まれていた。これら航路通報のどれも、これまで真珠湾調査で取り上げられたことはない。」p137

「森村は真珠湾に関する秘密情報を、日本外務省の津暗号を使用して送ることになる。1941年中の8ヵ月間、森村は津暗号を使用して、真珠湾を徐々に日本の爆撃機と雷撃機の標的に仕立てあげてきた。12月3日、彼はPAといわれる単純な外交暗号に切り替え、真珠湾攻撃前の最終報告を送った。アメリカの暗号解読班は津暗号とPA暗号をすでに解読していたので、3日発信の森村報告をその日のうち解読、翻訳した。森村が連続して津暗号を使用し、最後にPA暗号で報告したので、真珠湾が日本軍の主要爆撃目標となっていることが確認された。」p168

「50年以上もの間、FBIの高官たちは、1941年12月6日以前に森村が何をしていたかは知らなかったという。これも真珠湾に関する大規模な隠蔽工作のひとつである。FBI及び米海軍の書類の中に、森村のハワイでのスパイ活動に言及しているものが24件ある。これらの書類によると、大統領を含むアメリカの上級情報将校たちは、領事館を拠点にしたスパイ活動を知っていたことになる。森村の報告書は、日本の軍事作戦作成者たちの主要目標は真珠湾であったことを、はっきりと指摘していた。p182

「8月21日、森村はリチャード琴城戸が真珠湾で収集した情報をもとに、米海軍の突堤、桟橋、停泊地など53ヵ所の識別目標に、それぞれ文字記号をふった。戦艦アリゾナの停泊地を「ホホ」として、その座標値をワシントンの野村大使に送り、さらに東京及びサンフランシスコ領事にも転送するように要請した。森村が作成した爆撃格子状地図はJ暗号(津暗号)で暗号化され、RCA社の無電でホノルルからワシントンの日本大使館へ送られた。検閲により、この最初の爆撃計画図の詳細はアメリカ国民の目から隠されたし、またこのような地図が存在していることさえ、繰り返し実施された真珠湾調査委員会のいずれの時にも、明らかにされることはなかった。さらに一層悪いことには、この地図が最も必要であった時、これらJ暗号電報の傍受資料は、オアフ島のアメリカ陸海軍司令官には提供されなかった。」p193

「サルノフ―ルーズベルト協定により、電報の写しはRCAのホノルル支店から提供されたが、これらの電報が発信されると、太平洋沿岸にある陸軍と海軍の監視局は、RCAの電波からこれらを拾い、ホワイトハウス情報網に流していた。しかし、欺瞞は引き続き行われた。ショートもキンメルも12月7日の攻撃後まで、これらの電報を受け取らなかった。証拠によると、これら電報の配信が遅れたのは混乱によるものではなく、ワシントンの欺瞞による。そして、ハワイの陸海軍司令官、水兵と兵士及びホノルル市民がその犠牲となった。」p204

「サルノフがハワイを発ったのは11月14日のことで、真珠湾攻撃までは残すところ23日であった。その日が近づくにつれ、森村は、真珠湾が(日本の攻撃)目標となっていることを明らかにした。森村は攻撃目標が真珠湾であることを、ついに明らかにする報告を送るのであるが、それまでに打電された彼の電報には、令の秘密指定の記号が挿入されていたのでアメリカ情報部の目にとまった。これらの暗号電報は太平洋の地域の5ヵ所の米軍暗号解析局で傍受された。フィリピンのCASTとSIX、ハワイのFIVE及び本土西海岸にあったシアトルのSAILとサンフランシスコのTWOの5局であった。暗号電報を読むためには、まず暗号処理施設で解読しなければならなかった。マニラとワシントンでは解読処理が適切に行えたが、ハワイではできなかった。ホノルルで発信されたスパイ暗号をハワイで直接入手できるようになっても、解読、翻訳の処理ができず、適切に活用されなかったのだ。」p208

「ロシュフォートは12月1日に、海軍情報部のイェール・マクソン大尉から受け取った警告文を、(繰り返し行われた)真珠湾調査委員会のどれにも提出しなかった。それは、ロシュフォートがサルノフ―ルーズベルト協定の暗号解読に直接関係していたことを示す、決定的な証拠であった。マクソン警告文は電報を解読し、それをキンメル大将に提出する責任は、とりもなおさず、ロシュフォートにあるとしている。イェール・マクソン警告文を隠したことにより、サルノフとルーズベルトのスパイ電報に関する協定について、徹底的に調査せんとする人々の関心がそらされ、キンメルが職務怠慢の問責に対して、論理的に弁護することが不可能になった。職務怠慢の責任はキンメルにではなく二人の暗号解読者にあった。ロシュフォートの動機は推測する外ないが、彼は海軍の訪問記者に対して、12月7日の真珠湾殺戮は国民を結束させるためには安い対価であったと、口述歴史(オーラルヒストリー)の中で述べている。この考えは親しい友人だったアーサー・マッカラムのそれと似ており、ロシュフォートはアメリカに「騒動」を起こさせ、日本に明らかな対米戦争行為をとらせようとするマッカラムの戦争挑発行動8項目を、承知もしくは承認していたのではないか、ということを暗示している。」p215

「山本提督は、これらの艦隊で日本の東南アジア侵攻に対するアメリカの干渉を阻止する計画を立てていた。フィリピンが侵略された場合、アメリカは軍艦、航空隊、増援部隊を英蘭両政府に派遣して対抗してくるだろうと、山本は確信していた。山本の計画の一部にはグアム島とウェーク島の侵略占領が含まれていた。この2島は、中部太平洋にある小規模で防衛力の弱い米軍基地であった。彼はアメリカの脅威に対処するための4個艦隊を組織し、真珠湾を奇襲することでアメリカ太平洋艦隊を移動不能とするべく、前衛部隊を組織した。」p230-231

「わかっているかぎりでは、中国からの帰還を命ずる山本長官の命令は、日本海軍の伝達使が部隊指揮官に手交した秘密文書の中に含まれていた。アメリカの傍受記録の中にも、帰還命令を傍受した記録は残っていない。それにもかかわらず。日本海軍の指揮官たちが移動命令を受け取ったことを無電で確認したので、ホワイトハウスは帰還命令を知ってしまった。」p233

「ロシュフォートの推定とグルーの警告をよんだアメリカ政府は、驚くべき、もう一つの事件に着手した。海軍当局が北太平洋を「真空海域」と宣言したのである。米国及び連合諸国の船舶はすべてこの海域から引き揚げるよう、代わりに(太平洋を横断する)船舶は、オーストラリアとニューギニアの間のトレス海峡を通るよう命ぜられた。1941年当時、米海軍の戦争計画部長だったリッチモンド・K・ターナー少将が、その驚くべき理由を次のように説明した。
 「われわれは戦争が差し迫っていると考えられた際には、航路を変更する用意をしていた。われわれが船舶の航路をずっと南方のトレス海峡経由にした結果、日本機動部隊の航路にはどんな船舶の姿も認められなかったことだろう」p265

「真珠湾が攻撃されるまさにその2週間前、キンメルはハワイ北方海域で日本機動部隊の捜索を命じた。ホワイトハウスの承諾なしに、かれは、日本軍が真珠湾攻撃のため航空機を空母から発信させようと計画していた北太平洋海域に、北太平洋艦隊を移動させた。だが、キンメルの賞賛に値する努力は失敗に終わった。キンメルの率いる艦艇が、日本軍の意図している母艦航空機発進海域にいることをホワイトハウスの軍部当局者たちが知ると、彼らはキンメルに対して、太平洋艦隊を北太平洋海域から真珠湾錨地に帰投させるよう、いそいで指示した。
 不幸なこの反転命令は、度重なる真珠湾調査で、いつも見逃されてきた。この件については1941年から46年にかけて(8回も)実施された真珠湾調査のいずれでも、一度として取り上げられたことは無い。」p265-266

「11月18日から11月24日まで、CASTとHYPOとが空母を北方の単冠湾まで追跡していた。度重なる真珠湾調査では一度も提出されなかった証拠だが、この証拠は人々を圧倒する力を持っている。」p277

「山本大将と機動部隊艦船の艦長たちが無線封止を破り、彼らの艦船がアメリカの通信情報班により航行位置を測定されていたことを示す、圧倒的な証拠がある。山本の無線封止命令を最初に無視したのは、南雲中将であった。11月26日午前6時[日本時間]、単冠湾から出撃する際、かれは中部太平洋司令官及び潜水艦隊司令官と長々と繰り返し無線交信を行った。このとき、三者のあいだで交わされた電報は11月25日火曜日、無線傍受局Hで傍受された。」p290-291

「真珠湾にいる太平洋艦隊が直面している危険は、時間ごとに高まっていた。11月25日、朝の情報説明会議のあと、キンメルはロシュフォートが作成した通信概要日報を読んで、艦隊随伴潜水艦と長距離哨戒機で編成された日本の大艦隊がハワイに向かっていることを知った。キンメルは当然警戒すべきであった。海軍の定説によると、敵潜水艦の存在は空母による攻撃の前触れであるとされている。海軍の教科書にも「潜水艦を探知したら空母を捜せ」と書いてある。」p293

「オグによると、それらの船舶は日本海軍独特の仮名暗号を使用していたので、ホスマーはそれらの無線電報を日本海軍の電報であると判断したという。太平洋海域にはアメリカや連合国の船舶は一隻も航行していなかったので、それらの無線電報は米船や連合国の船舶から発進されたものではないことをホスマーは確信した。」p339

「北大西洋の中央海域で日本軍が実施していた電報を傍受した一連の記録は、真珠湾調査が何度行われても、見逃されてきた。それらの傍受記録は、本書で初めて日の目を見ることになったのである。一連の傍受電報はいずれもオグの主張が正しいことを明かす、有無を言わせない証拠であった。12月3日の時点で、日本軍艦が北太平洋上で実施していた無線交信の回数は、意味ありげな数であった。ホスマーとオグ以外にもITEM、CAST、H、KING、SAILの五ヵ所の海軍傍受局及びマッソン社の定期旅客船ルアライン号でもこれらの無線放送を傍受していて、ホワイトハウス行きの情報ルートに流されていた。前記五ヵ所で入手した死活的重要性を有する情報は正式に報告書に記録され、ワシントンへ転送されたが、しかしキンメル大将と太平洋艦隊には知らされなかった。これらの通信は、空母部隊と山本連合艦隊司令長官との交信であるとの、CASTによる識別は、この報告がホスマーに届いたのと同時に、並行的に実施された。」p341

「戦後、真珠湾調査両院合同委員会によばれたハズバンド・キンメル提督は、「ハワイに対する攻撃が実施される可能性をしめす何かの兆候を私が掴んでいたら」真珠湾を防御する用意を整えていたことだろう、と主張している。キンメルが必要としていた情報は、実際には入手可能であった。いや全く入手可能であった。日本はその意図をほとんど隠そうとしなかった。今やわれわれが知っているとおり、ジョセフ・ロシュフォート少佐とエドウィン・レイトン少佐とは、その情報を提供可能であったのに、提供しなかった。
 両人の怠慢により、日本の第一航空艦隊は、真珠湾を奇襲してから日本に逃げ帰ることができたのである。真珠湾攻撃に関する戦後の評価の中で、ロシュフォートは「それは米国を(戦争介入に)統一するためには、きわめて安い対価であった」と語っていた。しかし、この結論に対してロシュフォート以外の者は怒って強く反論することだろう。
 11月28日から12月6日の間に傍受された、7通の日本海軍無線電報により、日本は開戦を企図しており、その戦争は真珠湾で開始されるだろうことが確認された。アメリカの諜報無線局に飛び込んできたその証拠の数々は圧倒的な説得力を持っていた。これらの傍受電報には共通事項があった。それはどの電報もキンメル司令長官には提出されていないということである。ハワイにいた米海軍の暗号解読の第一人者はこの件について言い訳を考え出した。それは、日本海軍は実際に無線封止を守り、真珠湾が攻撃目標になっていることをどんな方法でも決して漏洩しなかったと、米国と日本の人々に保証した強力な声明であった。」p356-357

「レイトンは隠し立てしたことがなかったとは、いえないかもしれない。彼は11月15日から少なくとも15ないし20日間、日本の第一及び第二航空隊からは全く交信を聞いていないと嘘をつき、それから彼はこの嘘を膨らませて、次のように報告した。「海軍の軍司令部から出した電報は何千通とありますが、空母や航空船隊司令官または航空艦隊司令長官[南雲]にあてたものは一通もありませんでした。その上、空母からの[無線電報の]発信も一切ありません。」」p360

「レイトンの日本機動部隊無線封止説は説得力に欠ける。11月15日から12月6日の間に、米海軍無線監視局で傍受した日本海軍の電報は129通を数えた。このこと自体がレイトンの主張を否定する事実である。」p362

「ハワイ機動部隊指揮官の南雲がもっともお喋りだった。米海軍無線監視局で傍受した日本海軍電報のうち、半分近くが南雲から発信されたものであった。著者はこれら傍受電報を7つに分類した。
A 南雲司令長官発信の電報 60通
B 東京から機動部隊の艦船あて電報 24通
C 空母発信の電報 20通
D 航空船隊司令官発信の電報 12通
E 第一航空隊の空母以外からの電報 8通
F ミッドウェー破壊隊からの電報 4通
G 航空船隊司令官あて東京電報 1通
合計 129通
 より多くの日本海軍無線放送が発信されるにつれて、無線封止は無視された。機動部隊の攻撃目標が真珠湾であると明示した最初の傍受電報は軍令部総長の永野修身大将から発信されたものであった。(略)この無電は東京から第11航空艦隊通信参謀にあてたものである。p363

「1998年にキスナーはビデオ取りインタビューの中で「戦時」態勢云々について、こう説明した。「われわれと東京の間で、(日本海)通信隊と艦艇が実施していた通信を読み、そこから漏れてきた言葉から私は、日本軍が真珠湾に向かっており、われわれに飛びかかろうとしている、との結論に達した」。p371

「東京から給油艦にあて打電された電報は、キンメルにとって重要な情報を明らかにした。キスナーによると、「暗号を完全に解読するまでも無かった。艦船の正体さえわかれば給油艦に対する日本海軍の通信処置がすべてを物語っていた。東京はそれまで日中は11000キロサイクルの周波数を使用していたのに、この時は16000キロサイクルに上げていた――ということは、交信相手は日本から東方へ段々と遠ざかっていたのである」。
 長距離通信用周波数を使用したことから、日本海軍は本国や台湾地域の海軍基地で給油するのではなく、海上で給油艦から、燃料補給していることを示していた。11月初期の段階では、無線電報の中で給油艦は、第一航空隊の六隻の空母と一緒にいるとされていた。p373
 11月28日から30日にかけての週末、米国が日米関係を沈静化するための、計算された10項目からなる提案(ハル・ノート)を示した時、日本外交交渉は破綻した。ロシュフォートによると、日本は逃れることのできない部屋の一隅に追い詰められており、アーサー・マッカラムが14ヵ月まえに予想した状況が起こってきたのだという。ハワイではロシュフォートが、日本は進退きわまった状態に陥ったことを認識して次のように述べていた。
 「われわれが11月26日付けの書簡を送ったとき、日本人について何か、あるいは日本人が口にする言葉を何か知っている者は、誰でも赤旗(戦闘開始旗)を掲揚し(戦闘準備を整え)た方がよい。あの11月26日付けの書簡は、日本が受諾することのできない最後通牒である、彼らに残されている唯一の選択肢は戦争に訴えることだ、と私は本気で考えている」p374

この後がいよいよというところですがこのあたりで。

真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々

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  • ISBN: 4-16-357530-8

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  • 年(代): 2001年6月30日第1刷
  • 人名: ロバート・B・スティネット (著), 妹尾 作太男 (翻訳)
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[米国][国内]開戦5年前に日系人収容を検討=F・ルーズベルト大統領覚書

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