しろいカラス
白いカラス
DVD「白いカラス」を観る。アンソニー・ホプキンスとニコール・キッドマン、そしてまたしてもエド・ハリス。キッドマンはこの前みた「めぐりあう時間たち」の時の印象と全く違うが、どこか共通するニヒルな感じが漂う。女性のニヒルは、それを犯したい衝動を僕は覚える。きっと何かある・・・という探りたい衝動と、ニヒルな面(つら)を引っぺがして従順無垢な顔に戻したい衝動。
まさにこの作品も「どこまで人間は裸になれるか・・・」であったが、社会規範、モラル、差別が皮一枚で破れそうで破れない「自由」を得ることの代償に払わなければならないリスクの大きさ。
最後は、太宰の最後を思わせる。自分の背負った血と「虐待」を受け続けた生命が死を迎える。裸になった同士がいたわり合いを得た直後のことである。
後になって彼らを封じ込めた社会がどう語ろうが、彼れはそうなるべくししてそうなった・・・。誰も責任を負わない「死」である。
- 2005/06/11登録
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