コドモノタメノテツガク
〈子ども〉のための哲学
永井均・講談社現代新書
既成の哲学の解説書ではなく、自分で哲学するための入門書。
世の中では憚られるような問い、忌み嫌われるような問い、バカにされるような問い、だがしかし、本人にとってはどこまでも切実な問い、に自分で答えを出してゆく過程にこそ哲学はある、と筆者は言う。
ここで取り上げられる問いは、「なぜぼくは存在するのか」と「なぜ悪いことをしてはいけないのか」の二つ。しかし、その過程で発生した副産物として、子ども、青年、大人、老人、それぞれの哲学を分類していてそこも面白い。
■子どもの哲学
ここでの問題は、存在(森羅万象がどうなっているか)である。著者は「代用可能なものはない」との見解だが、科学や歴史で代用可能では?。
■青年の哲学
ここでの問題は、人生(いかに生きるべきか)である。存在の問題を、意味や価値(理想)で解こうとする。文学で代用可能。
■大人の哲学
ここでの問題は、世の中のしくみをどうしたらよいか、にある。価値の世界の内部で、価値の調整を行う。思想で代用可能。
■老人の哲学
ここでの問題は、死と無である。価値の世界を出て、価値全体を存在に返還せざるを得なくなっている。宗教で代用可能。
ちなみに、竹田青嗣との議論がぜんぜん噛み合わないのは、永井=子ども、竹田=青年(または大人)と、議論のバックボーンが異なっているからだ。
80年代のニューアカ(舞い上がった青年=大人)の後にやってきた90年代の竹田は、世界(公共性)と自分をつなぐ「冷静な青年=大人」を目指した。そして、永井までくると「世界(公共性)=大きな物語」はもはや問題(前提条件)ではなくなっている。それは現在の知の象徴(またはわりと大きなマーケット)でもあるのだろうか。
「たいていの人が難なくこなしている『正常に利己的である』という課題が、ぼくにはけっこう難題だった」
- 2005/10/30更新
- 2005/07/03登録
- 3307クリック
「〈子ども〉のための哲学」を検索
このキーワードを共有する
-
メイン
コメント (0)
まだコメントされていません。
つながりキーワード (8)
これがニーチェだ
- (lightcyan)
ニーチェ入門(竹田青嗣著)は読んでいたのですが、こちらの本は前書きが異常に面白かったので、つい買ってしまいました。ただ、ニーチェ入門の方を先に読んどかなければ、ニヒリズム...
人生に必要な哲学50 (知ってる?シリーズ)
- (ネコまいける)
NHK教育TVで放映された「ハーバード白熱教室」の影響だと思うのだが、うちのカミサンが、ボクの書架から、マイケル・サンデル著の『これからの「正義」の話をしよう』を持ち出し...
モテたい理由 (講談社現代新書 1921)
- (monsoonbaby)
未読ですがメモ代わりに登録。 日経新聞に連載している著者のコラム内で 「私がこの本を書こうと思ったのは13歳の女の子の『お母さん、わたし恋愛できなかったらどうしよう!』...
流れとよどみ―哲学断章
- (半無人)
大森荘蔵、産業図書 「私の目指したのは、世界と意識、世界と私、という基本的構図をとりこわすことである。」 若い頃に読んでびっくりした。砂漠の真ん中で一人で黙々と思考...
三浦梅園自然哲学論集
- (半無人)
尾形純男、島田虔次 編注訳/岩波文庫。 三浦梅園(1723-1789)は、江戸時代の哲学者。本業は医者。 三浦梅園の主著は『玄語』。これには玄語図と呼ばれる、円を組...
子どもが育つ魔法の言葉
- (さゆり)
【ドロシー・ロー・ノルト著 「子どもが育つ魔法の言葉」 より抜粋】 「子どもは親の鏡」 ・けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる ・とげとげした家庭で育...
これがニーチェだ
- (半無人)
永井均・講談社現代新書。 『ツァラトゥストラはこう語った』(1885)に現われる、「汝なすべし」駱駝、「われ欲す」獅子、「われ在り」子供の三段の変化を、三つの空間に割...
子どものための哲学対話
- (半無人)
永井均が子供向けに書いた哲学の本。講談社刊。 「<子ども>のための哲学」より子供向けの「翔太と猫のインサイトの夏休み」よりも、さらに子供向けの本(小学校低学年でもOK?...







三浦梅園自然哲学論集


