「旅の重さ」
素九鬼子著
(筑摩書房・絶版)
「ママ、びっくりしないで、泣かないで、落付いてね。そう、わたしは旅にでたの。ただの家出じゃないの、旅にでたのよ。四国遍路のように海辺づたいに四国をぐるりと旅しようと思ってでてきたの。さわがないで。さわがないでね、ママ。いいえ、ママはそんな人ではないわね。」(本文引用)
主人公は母親と二人暮しの16歳の女子高生。ある日突然、家出同然の旅に出る。男の出入りが激しい絵描きの母親に対して、少女は日頃から複雑な思いを抱いていた。規則だらけの学校生活は憂鬱すぎる。同級生やボーイフレンド達も幼稚で退屈。一度、母親のもとを離れて自分を見つめ直したいというのが家を出た理由だが、現実の行動を引き起こすきっかけとなったのは、異常な幻影につきまとわれた末に生まれた一編の詩だった。
「骸 骨」
ある日 わたしはじぶんの骸骨と対座していた
骸骨はしじゅう無言であったが
洞穴のような暗い目の奥から
たえずほのかな笑みを送ってきた
白い骨の関節がきしんで
骸骨はわたしの手を撫でてくれた。
(本文引用)
少女はこの詩を書いた後で、急に旅にでなくてはいけなくなる。なぜなら、少女の体の中で骸骨がきしんで、夜中だろうと学校でだろうと両手で耳をきっちり押さえていなければならなくなったから…。
この「旅の重さ」という物語は、素九鬼子さんのデビュー作だ。1972年に出版され、現在では絶版になっている。私がこの本を読もうを思ったのは、最近、偶然にこの詩を目にしたから。自分の骸骨に出会うなんて!いったいどんな状態?(で、今回、図書館で借りてきました)
この物語は、少女が旅先から送る母への手紙で構成されている。
「ああ、ママ、旅にでてはや三日になるわ。ああどんなに楽しいことでしょう、蒲団の上に寝ないで、草の上に寝るということは。」(本文引用)
「ママ、わたしはだんだんと太陽と土と水とに溶けてゆくみたいよ。そして真直ぐに太く短く成長していくのがわかるわ。わたしの体の肉をつまんでみても、以前みたいに柔らかくはないわ。固いの。きゅっとつまむと、水と光がにじみでるような気がするわ。」(本文引用)
少女は、浜辺や農業用の無人小屋で野宿をし、知らない人に食べ物をもらったりしながら、気ままな一人旅を続ける。四国は巡礼が多いので若い娘の一人旅もあまり怪しまれないらしい。映画館で隣に座った男から痴漢行為を受けたり、小さな子供達に石をぶつけられたり、旅芸人の一座に加わったり、、、。さまざま体験の中で少女の心は揺れ動く。
旅芸人の一座との生活では、父親ほど歳の離れた座長にひそかな想いを寄せるが、若すぎて肉体が成熟していないから相手にされないのだと一方的にコンプレックスを感じ、座長の態度に過剰に傷ついていく。また、ひょんなことから一座の女優と同性愛的な関係になってしまったりする。若くみられるのがくやしくて、20歳だと偽って背伸びをする姿が痛々しい。
少女はきっと無邪気な子供時代を送れなかった人なのだろう。文学と書くことだけに生きがいを感じる早熟な女の子。幼さへの嫌悪と同時に、大人になること(女になること)にも嫌悪を感じる、そんなアンビバレンツな自分に直面していく。
「ママ、少女期の早熟くらい苦しいことはないわね。まるで地獄の海の中であっぷあっぷやっているようなものだから。しかもわたしの不安なことは、こういう海でくるしんだ割には、さて大人になると愚鈍なざまに落入り、あたかも初老期の衰えみたいなぶざまな格好に成り下るのじゃないかということなの。」(本文引用)
強い嫌悪は母親に投影され、時に容赦ない攻撃の言葉となる。それはすなわち自分自身を傷つける行為であること、憎しみすら時間の中で穏やかな愛情に変わっていくことを、旅の途上のさまざまな出会いを通じて少女は理解していく。
ある時、少女は村はずれで喧嘩をする男女とすれ違う。女は唇をかみ、目を腫らして男の前に立ちはだかっている。
「わたしはすぐにママのことを思いだしたの。男と喧嘩をしては、くやしさを娘に訴えるママのことを。そしてその都度わたしはママを慰め、罵り、なぶる。ママは泣くやらわめくやら手がつけられなくなる。そしてわたしはそんなママをしまいに疲れ果てて眺めているのね。それからママの方でも、眺めているわたしの目に向かって思わず笑いかけたりする。ママ、わたしはママが好き。今ごろなにをしてるの。」(本文引用)
帰りたいけれど帰れない……。最初は自分を解放してくれた野や山もただの無味乾燥な風景となり、一人旅の厳しさや淋しさが次第に少女に重くのしかかってきて、ついに、ある小さな港町で病に倒れてしまう。
母親への最後の手紙。
「ママ、この生活に私は満足しているの。満足が心を突き破りそうなほどです。この生活こそ私の理想だと思っているの。この生活には、何はともあれ愛があり、孤独があり、詩があるのよ。けれどもわたしは決してこの生活に心を許しはしないわ。いつこの三つが争いをはじめるかしれたものではないからです。(略)この非常にデリケートな魂の管理に、わたしはこの上もなく情熱をかたむけているの。」(本文引用)
全編を通じて、みずみずしさいっぱいの新鮮な文体。旅に出る前に少女の前に現われた骸骨は、引き裂かれた心の状態を直視し、自分を肯定する方向へ導く存在だったのかもしれない。
同性が読むと(年齢関係なく)共感、反感、切なさ、痛み etc 色々と感じることが多い作品だと思います。
さて、病気で倒れた少女に、いったい何が起こったのでしょうか。絶版だけど、おすすめ。
最後になったが、この本は出版のいきさつが変わっている。
作家の由紀しげ子さんの死後、筑摩書房の編集者が遺稿を整理していて、作家の自宅の書斎から発見された大型ノート5冊分の原稿がこの「旅の重さ」。読んで強い衝撃を受けた編集者は、すぐに 出版を思い立ったという。しかし、著者である素九鬼子という人を新聞広告を出したりして探すが見つからず、 本人と連絡がつかないまま、1972年に筑摩書房から見切り出版された。そして、やっと素九鬼子さん本人が現れたのが出版の2年後。
素九鬼子さんは何冊かの小説を発表した後、現在は行方がわからなくなっている。
また、この本が出版された年には、松竹から同名の「旅の重さ」(監督:斎藤耕一)という映画もつくられた。
音楽よしだたくろう。出演高橋洋子、岸田今日子、三国連太郎、高橋悦史、秋吉久美子他。
観た人によれば「幻の名作」とか。ぜひ探し出して観てみたいと思う。
- 2005/07/22更新
- 2005/07/22登録
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