「幸せではないが、もういい」 ペーター・ハントケ
堀江敏幸さんのエッセイで紹介されていて、興味深かったので読んでみました。51歳で自殺した母親について書かれた文章ですが、作家の自伝的要素もとても強いものになっています。
作家は母親の死に対して言葉を失う体験を経て、新たに事実を客観的に言葉に置きかえるという行為に向います。しかしその客観的に事実を語るということが、1972年の社会主義政府の統治下においてどのような葛藤を作家に与えたのか… 文章は時に作家の内面へ入りこみモノローグのようになります。そして最後には散文に。
とても、面白かったです!こんな文章はじめて読みました。
みんなが自分の物語ばかりを叫んでる今だからこそ、あえて公的な言葉を選び個性を消すような物語の表現の仕方というものについて、理解して考えてみることは、とても大切なことではないかと思います。(以下、引用)
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文章と語法が、夢の中の像のように連鎖反応を起こすありかた。個人の生がただのきっかけとして機能するだけの文学のセレモニー。
この二つの危険 ― 一方では単なる再話になる危険、もう一方では、個人が詩的な文章の中でいとも簡単に消えてしまう危険 ― が、書くスピードを遅らせる。なぜなら、私は、一文書く毎にバランスを崩すのではないかと恐れるからである。このことはあらゆる文学的な仕事にいえるが、創作すべきものがほとんどないほど事実が強力な今のこの場合には、特にあてはまる。
この物語に取り組みながら、私はしばしば、音楽を書く方が、これらの出来事にもっとふさわしいのではないかと感じていた。スイート ニュー イングランド……
もちろん、これらは断片的な逸話にすぎない。けれども学問的な推論でも、このようなコンテクストのもとでは、同じく断片的な逸話めいたものになるだろう。およそ表現は、どんなものでも、あまりにも穏やかすぎるのだ。
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