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『心臓を貫かれて』

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マイケル・ギルモア著
村上春樹訳
文藝春秋社刊

 お盆の古本市の因縁(?)で読むことになった『心臓を貫かれて』は、殺人事件を題材にしたノンフィクションだった。
 著者のマイケル・ギルモアはアメリカの音楽雑誌「ローリングストーン誌」の専属ライターをしたこともある音楽ライターで、彼の実兄はアメリカでは有名な殺人犯。なぜ有名かというと、マイケルの兄・ゲイリー・ギルモアは、1976年に2人の若者を射殺し、死刑廃止へと向かう潮流にあったアメリカで、あくまでも死刑を希望し自らすすんで銃殺刑を望んで、結果的に死刑廃止の流れを逆転させるきっかけを作った人物だからだ。この事件については、ノーマン・メイラー の『死刑執行人の歌』が先だって出版され、映画化もされている。

 『心臓を貫かれて』は、マイケル・ギルモアが兄の処刑から17年を経て書いたもの。
 マイケルはこう書いている。
――もし僕が彼らと同じくらい、とくにゲイリーと同じくらい手ひどく折檻されていたら(彼の感じた苦痛と恐怖とがいっそう残忍な鞭打ちをもたらしたわけだが)、僕だってかなりの確率で、いつか銃の引き金を引くだけのために生涯を送るように育ったんじゃないかと思う。僕の兄たちが子供時代に、あるいは思春期に、ほとんど毎週のように味わわされたもののことを思うと、彼らがまだ子供のうちに殺人を犯したりしなかったことが、不思議に思えるくらいだ。――

 マイケルの父親は、数え切れないほどの偽名を駆使して企業から金をだまし取る詐欺師だった。何回かの短く不幸な結婚生活に失敗した後、親子ほど歳の離れたベッシー(マイケル達の母親)と結婚。3人の兄たちは、生まれたその日から殺伐とした根なし草のような放浪生活を余儀なくされる。秘密の多い父親は、何かにつけて暴力をふるい、都合が悪くなると蒸発。そんな夫に耐え続け、だんだんと壊れていく母親。
 次男(ゲイリー)と三男(ゲイレン)は、父親から逃げるために家出をしたり不良仲間に加わり、いつの頃からか、恐喝、窃盗などを繰り返し、暴力と犯罪の世界に身を投じていく。ゲイレンは暴行による怪我がもとで亡くなり、ゲイリーは人生の半分以上を塀の中で過ごし、最期はアメリカ中を論争に巻き込みながら死刑に処せられる。
 著者のマイケルは四人兄弟の末っ子で、父親に殴られたことがなく、むしろ溺愛された息子だった。
 兄のゲイリーが幼い末っ子のマイケルにアドバイスする場面がある。
「もし誰かに殴られるようなことがあったら、おまえはものごとをただ受け入れ、感覚を消すことを覚えなければならない。さからわず、好きなだけ殴らせろ。それが生き延びるためのただひとつの方法だ。」
 この教訓は、絶え間ない父親の暴力と少年拘置所でたたき込まれたもので、ゲイリーは生き抜く術として感覚を麻痺させて暴力を受け入れ、暴力を体のすみずみにまでしみ込ませながら犯罪者になっていく。
 この物語の驚くべきところは、兄・ゲイリーが、なぜ何のかかわりもない若者を殺し、自ら死を願ったのかを、一家族の話だけにとどまらず、それに到るまでの百年以上、三世代にわたって調べ上げ、暴力と貧困に満ちた土地に生まれた家族の歴史と暗い絆、その機能不全が次世代に引き継がれてゆく様が克明に綴られていることだろう。さらに、家系の背後に見えかくれする霊的な因縁話も、背筋が寒くなるほど説得力がある。
 悪や憎悪や暴力が時代を超え血を伝って様々な怨霊の形で一族を襲っていく。事件後のマスコミの無責任な報道、無関係な人間たちの罵詈雑言。犯罪に走らなかった残された兄弟に浴びせられる容赦ない攻撃もそのひとつといえるかもしれない。 

――僕は何年ものあいだ頭に血を上らせないようにできるだけ鈍感になるようにと心がけてきた。多くの人々からずいぶんいろんなことを言われたが、かれらの口にした台詞やジョークは往々にして、ご当人の知性と品性を疑わせるものだった。その手のことを耳にするたびに、僕の中で何かがさっと身をすくめた。もう死んでしまったろくでなしの殺人犯の弟であるというだけで、世の中の人々は僕のことを忘れてはくれないし、赦してもくれないのだ。僕にはそう思えた。処罰を受けた後の余波を乗り越えていきていくのがどういうことなのか、僕はいささかを学んだ。生き残った身内の一人としてその処罰の負担と遺産の一部を引き受けていかなくてはならないのだ。人々はもうゲイリー・ギルモアを罵ったり傷つけたりはできない。しかしあなたが彼の弟であるというだけの理由で、たとえ似たところがまったくなかったとしても、人々はあなたを標的にすることができる。――

 長男のフランクは、父だけではなく母親にも一番つらく当たられた息子だった。ひたすら家から自由になることを願いながら、母親のそばから離れることが出来なかった。母親の死後、フランクは何も告げず蒸発してしまう。後に兄弟は再会するが、フランクの協力なしにはこの物語は書き上げられなかったという。
 マイケル自身は、他の兄弟よりは恵まれた状況に育ったが、安らげる家庭を切に望みながらも、うまく女性との関係を長続きさせられない自分に苦悩する。私はマイケルがこの本を書いた心情とその過程を想像すると胸が痛くなってくる。ネガティブな家族の歴史と絆の中から自分のアイデンティティをひっぱりだし、光の元に曝さずにはいられない悲壮感のようなものが感じられるから。
 翻訳は村上春樹さん。彼はあとがきで、「この本を二年近い歳月をかけて翻訳することによって、人間に対する、あるいは世界に対する基本的な考え方は、少なからぬ変更を余儀なくされた」と書いている。
 これを読み終え、村上春樹さんのいう「それぞれが向かい合わざるを得ないゴースト」の気配を私も多少感じてしまった気がする。そして思い出したのは、以前読んだ『ファミリー・シークレット―傷ついた魂のための家族学』(ジョン・ブラッドショウ著、香咲弥須子訳)。

「秘密は家族の感情システムの一部で、このシステムが無意識に秘密を運び、再演される。ではなぜ再演されるのか。それは、無意識が(あるいは魂と言ってもよいが)、秘密を暗闇から引きずり出そうとする力を自然に備えているから」

 本の最後に明かされる母親の秘密には本当に愕然としてしまった。

『心臓を貫かれて』

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premgeetu
  • 2005/08/31更新
  • 2005/08/29登録
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