文鳥 夏目漱石
「伽藍のような書斎にただ一人、片付けた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥をお飼いなさいと言う。」
この門弟、鈴木三重吉の勧めにしたがって、文鳥を一羽飼いはじめた漱石先生の暮らしが、淡々と、ちょっととぼけた筆で描かれる。
二十頁に満たない短い随筆だけれど、
ここには漱石の、鳥籠のなかのうつくしい鳥にくらべて自分の手の大きさが厭になってしまうというナイーブな感性と、
何気ない日常生活のなかにもユーモアをみる文筆家の目と、
家人にたいして偏屈でへそ曲がりで、それを自分で判っていながらいかんともし難いという人間的な横顔が、複雑にからみあって見え隠れしていて、おもしろい。
抑制された簡潔な文章のリズムと、やさしいはにかみの情緒に、ほほえんでしまう。
そしてわたしが何よりも好きなのは、「紫の帯上げの女」。文鳥の風情から、漱石がふと思い出してしまう、昔知っていたある女性のことである。
彼女のくびすじを、こっそり後ろから紫色の帯上げの先でくすぐっていたずらしたという記憶が語られるところには、
遠くへだたった過去のかすかな残り香のような、そこはかとないエロティシズムが漂っている(ような気がする)。
かの女性がもうそばにはいないことを思い出すと、小首をかしげる文鳥もなにやらかなしい。
過ぎ去ったたあいない悪戯も、またかなしく、艶なるかな。
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- 2006/04/14更新
- 2005/10/26登録
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- (磯谷ハヤテ)
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