宮崎晋平
大人気サイト、デイリー・ポータルZで、ライターをされていた、宮崎晋平さんが、二月九日、心臓発作のため、亡くなられた。二十六歳だった。
わたしは、デイリー・ポータルZは、ほぼ毎日欠かさずチェックしていて、そしてそんな習慣が、もう二年ほど続いていて、だから宮崎晋平さんの、名前も顔も、そしてかれが書いたいくつかの記事も、わたしの記憶として、わたしの頭の中で、一応整理されてはいたのだ。宮崎晋平さんが、どんな顔のひとで、どんな記事を書いていて、だからどのような人物であるのか、一応わたしは、わたしなりに、イメージを、抱いてはいたのだ。しかしわたしは、宮崎晋平さんを、あるいは彼の記事を、好んでいた、というわけではなかったのである。そしてもちろん宮崎さんのことを良く知っていた、というわけでもないのである(数本の、ネタっぽい記事を、読んだところで、宮崎さんのことを良く知っていた、とは言えないだろう)。しかしそれでも、わたしは、わたしなりに、宮崎晋平という人を、それなりに知っていたし、そして少なくとも、まったく知らなかったわけではないのである。宮崎さんが書いた記事を読んで、笑ったこともあったし、宮崎さんの文を読んで、変な奴だなあ、と、おもったこともあったし、そして宮崎さんについて、ちらちらと、思いを巡らせたことも、きっと少しはあったとおもう。しかしそれでも、宮崎さんのことを、良く知っていた、とは言えないし、それにそもそも、宮崎さんの仕事に、好意を抱いていた、わけでもないのである。とてもわかりにくい、わたしの宮崎さんへの関わり方だったのである。そしてそんな宮崎晋平さんが、突然、亡くなってしまったのだ。二十六歳という若さで。
わたしはとても戸惑ってしまったのだ。この突然の事態にたいして、感じるべき、感性のベースが、わたしには、まったくなかったのである。宮崎さんの肉親や親友のように、悲痛に打ちひしがれるわけにもいかないし、「スター」が亡くなったときのように、みんなとともに、わたしも一緒に、寂しがる、ということも出来ないのだ。あるいは、若き天才の早過ぎる死を惜しむ、ということも、さすがにわたしには出来ないのである。わたしは宮崎さんの死にとても戸惑ってしまったのだ。わたしはどうすべきなのか、どう感じるべきなのか、とても困ってしまったのだ。最後の最後に、宮崎晋平さんは、難解な、やっかいな作品を、残してしまった、そんな気もしたのだ。
死とは、その人が、いなくなってしまうことである。そして死んでしまったその人は、永遠に、絶対に、蘇らない、ということ、それが、死という絶対的な事実である。だからたとえば、巨大なビルディングが、崩壊し、数千人が「死んだ」、という場合、わたしたちは、そのビルの崩壊という大事件を知るとともに、数千人の「死者」を、あらためて知ることになるのだが、しかし死者とは、そもそも「存在しない者」のことなのである、つまり「存在しない者」を、今まさに存在しなくなったという大事件ととともに、彼らのことを「あらためて」「知った」とは、いくらなんでも、悪魔的にすぎる、かれらとの「出会い」ではないか。かれらとの「出会い」のきっかけはかれらの死である、とは、いくらなんでも、ブラックジョークをこえた、ほとんど悪魔の言い種ではないか。「死者」との「出会い」は厳密には出会いであるはずがない。居ない者/居なくなってしまった者と、そのとき「あらためて」「出会える」はずがない。それを「出会い」とみなすなんて、かなりおかしいし。おかしいけれど、そんな出会いならぬ「出会い」は、日々、わたしたちの周りに、満ち満ちている。あたりまえのようにそんな「出会い」をわたしたちは受けいれている。毎日わたしたちは新たに死者と出会ってしまっている(ご丁寧にも顔写真付きで!)。なにか麻痺してはいないか?。
宮崎晋平さんは、二十六歳の若さで、突然死んでしまったのである。わたしは、宮崎さんを、よく知っているわけではなかったけれど、しかし彼のことをまったく知らなかったというわけでもないのである。だからわたしにとって、宮崎さんは、簡単にいってしまえば、ネット上の、ひとつのイメージにすぎなかった、ということなのだろう。知って類けれど知らない、居るけど居ない、そんなイメージ的な存在。ところが、そんな宮崎さんが、突然若くして、死んでしまうと、宮崎さんのリアルな輪郭が、その死をもって、変に生々しく、わたしの目の前に、浮かび上がってきてしまったのである。なっとくしがたい変な生々しさがわたしには感じられてしまったのである。そんな、生々しさを、感じてしまっているわたしは、もしかしたら、悪魔的な者なのか?、そんな疑いも、わたしは、ふと感じてしまったのだ。いったいなんだろう、この感じは。
インターネットという新しい通信技術は、無数の情報を、わたしに提供し、知らなかった物/知らなかった事/知らなかった人を、わたしに、多数、知らせてくれている。インターネットは、いろんなことをわたしに知らせてくれている。わたしはそんなネットの楽しみを謳歌している。しかしそれでも、ほとんどの場合、インターネットを通して、わたしはそれを知っただけであって、わたしはそれと、出会えたわけではないのだろう。それを知ることと、それと出会うことは、まったくちがうのだろう。知ることは、あくまでも出会うことの一歩手前にすぎないのだ。ところが、それを知っただけのことを、あたかも出会ったことであるのように、わたしはときに混同してしまったりする。確かに、なにも知らないままでは、良い出会いは、在り得ないけれど、しかし知っただけで、出会えままで終わったのならば、それはやはりちょっと寂しいことなのだろう。凄まじく孤独なわたしではあるけど、孤独がかなり好きなわたしではあるけど、しかしそれでも、宮崎さんの死に際して、自分自身の寂しさに、ふと気付いたりもしたのである。二十六歳だった宮崎さんは、もしかしたら、数年後には、なにか濃密な仕事をやってのけ、宮崎晋平というひとの、全貌を、わたしたちの前に、現してくれたかもしれないのだ。そしてそのとき、知っていたただけの宮崎さんと、あらためて、わたしは、出会えた、と、言えたかもしれないのだ。ところが「知っていただけ」の宮崎さんは、突然死んでしまい、そしてその出会いの可能性は、最早完全に無に帰してしまったのである。つまりわたしにとって、彼の死に際して、変に生々しかったのは、出会いの可能性の、完全な、消滅だったのである。わたしは宮崎さんを、知っただけで、終わってしまったのである。わたしは宮崎さんと、出会えぬままで終わってしまっである。まだ二十六歳だった宮崎さんは、無数の出会いをつくり得る、可能性があったことだろう。そしてわたしが、宮崎晋平さんについて、ちょっと引っかかっていたのは、その彼の、何かしらの出会いを形成し得るかもしれない、可能性においてだったのだとおもう。ところがその可能性は、可能性のままで、終わってしまったのだ。その可能性は、まったく無に帰してしまったのだ。わたしは宮崎晋平さんの死を、無念に感じる権利はまったくないが、しかし彼の死の、その寂しさを、わたし自身の寂しさとして、感じることはできるのだ。そしてそんなわたしとして、かれにここでこう言おう。
安らかに。永遠に、安らかに!。
(こんな愉快なお兄ちゃんが突然死んでしまったのだ。やはりショックは受けてしまいます。)
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コメント (1)
2006/02/24
zbn3000 ネットの中(実社会で面識がない)だけの相手への気持ちは実際に会った時より(勝手に自分の中で)好・嫌を強くすると思います.彼の訃報を知った時も「えっー!」と思いましたが,直後に彼の記事やプロフィールを確認しないと何も思い出せない位の人でした.デイリーポータル自体やその記事を好きだから,一ライターも好きな気がしていた,と言うのを改めて気づかせくれました.
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