「ベン・シャーン展 わたしは憎むものを描く。わたしは愛するものを描く。」/ 埼玉県立近代美術館
埼玉県立近代美術館にて3/26まで開催中、社会的リアリズムで知られるベン・シャーンの展覧会です。美術館発行のちらしには「シャーンの知名度は若くなるにつれ低くなり、20代ではかなりの美術好きでも殆ど知らないでしょう…」というくだりがあったのですが…!、本当ですか? 私は、この人の絵は小学校の美術の教科書で知りましたが最近は違うのでしょうか。
作家が活躍したのは禁酒法の時代からヴェトナム戦争まで、アメリカが繁栄に向かう一方で、人種差別や迫害、貧困などの社会問題などを抱えた、光と陰の時代。今回出品された作品の中には日本の第五福竜丸事件を題材などの作品もあり、驚きました。
作家はアメリカに移住したリトアニア出身のユダヤ人。絵画を始めた当初ユーロッパに渡り西洋美術の基礎を習得しますが、アメリカに戻った後、自分の所属しない社会(西洋)の体質にリアリティを見出せず苦悩します。そんな中、出会った写真家の作品から画面のもつ絵画的な価値観よりも写された人物の背景にある物語性を重視するということを学びます。政治家や思想家、宗教家など多くの社会的影響力のあった人物のポートレイトを手がけますが、その目線は同時にテロで犠牲になった人々や貧困者など名もなきものへも同等の視線で捉えるのです。
独特の震える線からは、作家自身の心の震えが伝わってくるようです。沢山たくさんのものに心が動かされ、愛やそしてその裏側にある憎しみをも、伝えずにはいられない人だったのではないかなと思います。展覧会はシンプルなドローイングがメインでしたが、むしろ小さい紙片にそっと描かれた人物像などからは、声高でない幸福感が静がに伝わってくる気がしました。
絵と言葉。
情報化が進む現代社会では、このような繊細な生の線が同時に多くの大衆の心に訴えることは難しいでしょう。でもその一方で諷刺画が争いを引き起こしていたりします。http://diary.nttdata.co.jp/diary2006/...
目に見えるものと見えないもの、表現されたものとされないもの。人は独りで生きていけない、のと同時に社会に関わらなければなりません。その時、コミュニケーションのいち手段として、絵や言葉があると思うのですが、その扱いについ無関心になりがちではないかと思うのです。ベン・シャーンの生きた時代はそんなに昔という訳ではありませんが、絵で社会問題を訴えることが出来た。
これから先、絵や言葉はどうなってしまうのだろう… とても難しい問いですが、投げ出さず、生きながら考えていかなければならないのだと思います。絵や言葉で愛を伝えることもあれば憎しみを伝えることもある。愛と憎しみは表裏一体なのだから。
埼玉県立近代美術館 2006/2/11-3/26
http://www.momas.jp/3.htm
- 2006/02/27更新
- 2006/02/26登録
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2006/02/27
プーク hama。さん、こんばんは。今回の展覧会は埼玉県朝霞市にある「丸沼芸術の森」の所蔵作品から構成されています。本文↑でもふれていますが、ドローイングがメインなのでまとまっているとは言い難いかも、です。…でも私は、タイトルも制作年もあやふやな落書きみたいなドローイングにこそ、何故か心が強く動かされました。そういうものに出会う度、何故なんだろうといつも思いますが、芯のある強いものに理由なんてないのかもしれません。
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