いのちをいつくしむ新家庭料理 (クロワッサン)
私の大好きな辰巳芳子さんが情熱大陸に出ておられた。
日記の方に書いた、珍しく見たかったテレビのもう一本のほう。
「10分で出来る何とか料理」というこの時代に、
何一つ決して手を抜いてはいけないという料理。
素材はこれで、それにはこれだけの手間を
惜しまずに滋養深い味わい深い食事を手際よく
無駄なく供する。一切の手抜きは許されない。
いのちのスープという、この方のスープを
一度本気で作ってみたい!
いちいち感心するんだけど・・出来ません・・
バイトと仕事と家事と半介護をこなしてるんだと
言うのは言い訳で、もちろん上手くやりくりは
出来る程度の大変さ。
10分料理になれてしまった身には、重荷なのだ。
煮干しのはらわたと頭を取ってる段階でめげたり、
椎茸のスープでも何時間かかったか、二度と出来ない。
料理自慢を自負してさんざん他人様にお披露目しまくりの
私なのだけど、ほんと真心のないお粗末な料理と思う。
辰巳さんが番組の最中に「モノをどんどん作ると
いう究極は、ものの成り立ちに会わせて、
自分がどんどん引っ込んでいくこと。良いものを
作り続ければ、どんどん我が取れて良い人になる」
と話をされた。
もの造りの全てに云える言葉で感動した。
ホンモノを作るとは、これに尽きるのだろうな。
名人大工はどんなタイプの木も活かせて使う
吟味が出来るのだと思う。
道具や素材や、対象物の理解が浅いから格闘
になる、強引に自分に引き寄せて、結果は荒れる。
私はどんどん我が出て、荒れて、燦々たる結果に
僻んでばかりの日々です。
話は逸れて自分を棚に上げて言わせて貰うが、
最近のアートが物足りないのは「ゆるい」感覚が
流行ったことに一因があると思っている。
ゆるいものも目新しくて面白いけど、ゆるいことが
言い訳になって馴れ合いになってきたら、
それはやっぱりヤバイ状況になっていると思う。
みんなとてもセンスがいいくせに、そこそこで良い
ってことにお互いでしてしまって安心している。
諸先輩は、キッツイものをキッツイ思いして
作っておられたし、もっと深く重く頂点を高く
探求しておられたってのに、ほんと自分の
体たらくを情けなく思います。
例えば辰巳さんと私の絵を、モノを作るという
くくりで並べられたら、器にたとえたら、
名品の輪島塗とプラスティックの粗雑な規格品の
100円のおわん。
創作が易々と出来ない環境になってから思う。
本気で自分を絞り出した作品を逃げずに作りたい。
ああ、なんて甘くてつまんないモノを作ってきたんだろう
- 商品名: いのちをいつくしむ新家庭料理 (クロワッサン)
- 価格: ¥1,470
- 著者: 辰巳 芳子
- 出版社: マガジンハウス
- 発売日: 2003-03
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- 2006/03/07更新
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