早川義夫、松村雄策。憧れの人に会うということ
4/26はヰタセクスアリスがバックを務める早川義夫さんのライブを見に南青山のマンダラへ。
前日スハラさんの代理でベースを担当しているシノワのアツザワ君から連絡をもらって「ライブの後、早川さんに紹介しますよ」などというありがたい話を聞いておりました。いやいやしかししかし、私にとっては憧れの人であっても、早川さんにとっては何だか知らんバンドの人であるわけで、「会って話をしてみたい。でも挨拶されても困るよなぁ」と複雑な気分でおりました。
「でももしそんな機会があったら」と念のため早川さんの著書2冊と「定本ジャックス」とアルバム数枚をカバンに忍ばせて会場へ。
ちょっと楽屋にお邪魔してヰタセクの皆さんにご挨拶。
出番前でもっとピリピリしているのかと思って遠慮しようかと思ったのだけれど、皆さんいつもの調子でというか、かえっていつもよりハイテンションでしばし談笑させていただきました。
そんなこんなでヰタセクの出番も近づいて来たということで、私も入場。
ビール片手に弾き語りのカナダ男性の唄声を聴きながら、満席の会場でせせこましい椅子席で小さくなりながらチビチビやっている内にヰタセクの登場。前隣のカップルが「これってどんなバンド??」なんてひそひそ話をしていて、心の中で「まぁ見てなさい」とニヤリ。
南青山マンダラはどちらかというと大人の雰囲気のハコで、照明も落ち着いた感じで一味違ったヰタセクを楽しむことが出来ました。年齢層の高いお客さんの反応も良かったです。でも5曲じゃモノ足りないっす。
ヰタセクは一度退場し、再び早川義夫さんとともに登場。
・・・確か1曲目って「堕天使ロック」だったよな。
気が付いたら20数曲終わってた感じ。
この人が60年代後半に作った音楽に、僕が10代の後半の頃に出会って夢中になって、決して数が多くは無い著書やインタビューを貪るように読んで、少しでもこの人の考えていることや音楽に対する姿勢を知りたいと思った頃のことや、当時のいろいろな出来事や出会った人々のことやらがごちゃごちゃと蘇ってきて、
「この音楽っていつの唄?」「私が夢中になってたのていつ?」「で、今はいつ??」
と不思議な感覚に襲われてしまいました。
唄われるのはもちろんジャックス時代の楽曲だけではなく、90年代中頃以降の楽曲や、新曲も含まれているのだけれど、なんというか、もうそれらがいつ作られた楽曲か、知ってる曲か知らん曲かなんて全然どうでもいい話なのです。
ブライアン・ウィルソンとも重なってしまうのだけれど、今現在彼らから発せられるものが、変わらず自分自身や時代に有効性を持っていることに驚嘆してしまうわけです。
個人的に珠玉だったのが「敵は遠くに」と「割れた鏡の中から」。
そしてラストに演奏した「いつか」。
この曲は早川氏の音楽活動再開の宣言でもあり、この曲を唄うために再び表舞台に立ったのではないかと勝手に思っているのだけれど、個人的にも自分の音楽活動に迷ったらこれを聴こうと心がけておる特別な曲であったりもします。
92~3年でしたか復活1stアルバムが出たか出なかったかの頃、江古田のBuddyに早川さんを見に行った時も、ラストはこの曲でした。その時、早川さんは涙を流しながら叫んでいて、背筋がゾクゾクっとしたことを今でも覚えています。感動を伝えようと横を見たら、いつもは強面の大学先輩も泣いていた、そんな映像も蘇ってきました。
久々に早川さんを生で聴いた、去年のウダロックでもラストでしたね。あの時は私自身が涙を禁じ得ませんでした。
自分のことと思い出しか書いていないけれど、そういう形でしか感想やら意見やらが書けないという存在が、きっと誰にでもいると思うのだけれど、私にとって早川さんはそんな一人だったりします。早川さんも「評論家は何を生み出すのだ」と云っていたけれど、重要なのは自分自身がどう動かされたかであって、もちろん私には音楽的にどうこうなんて話は書けません。
ヰタセクとのパートナーシップも見ててキラキラしてくるほど美しかったです。
上手く云えなくてもどかしいのだけれど、今ここまで早川さんを「ロックな存在」として浮かび上がらせてくれるのはヰタセクくらいではないのかなと思います。例えどんな名うてのミュージシャンがバックを務めて、早川義夫の存在感を引き立てることが出来たとしても、バンドとしての演奏の魅力、スリリングさというプラスアルファの面白さはきっとここまで出て来ないことでしょう。上手く云えなくてもどかしいのだけれど、ホント素敵でありました。
終演後、ぼーっとしながらメグと合流して会場でビールを飲んでいると、アツザワ君が「じゃ楽屋行きましょか」と声を掛けてくれる。いやいや演奏終わったばかりだし、自分にとって早川さんが大きな存在だとしても、早川さんにとっての自分自身を考えてみた時のあまりのちっぽけさ加減に、とてもじゃないけど恐れおおくて何も云えなくなってしまう。しかしアツザワ君、こんなこんな晴れ舞台なのにすごい度胸だよ、立派だなぁ。
会場に来ていたPlace Called Spaceのオオキさんとと話をしながら再びビールを飲んでいると、この日スタッフをしていたウケモリさんが「ロッキングオンの松村雄策さんって知ってます?」と声を掛けてくれる。いやいや知っているなんて話じゃないですよ。私がジャックスを知ったのは彼の著作(多分「岩石生活入門」)だし、小説もエッセイも音楽評論も著作は全部買っているし、渋松トークライブも行ったことあるし、そこでサインもらったことあるし・・・・とにかく大好きな作家なんだって。
そんなこんなが一気に頭をぐるぐる回っていると「紹介しますよ」・・・「え???」
スミマセン。全然覚悟が出来てませんでした。
完全に舞い上がってしまって、「ブランってバンドをやってます。本は全部読んでます」といいながらブランCDを差し出すのが精一杯でした。
ロックだけでなくて酒の飲み方や猪木がどんなに強かったかなど、貴方から教わったことはたくさんあるのです。今も読む本に困ったときは必ず貴方の著書を読み返すのが常なのです。なんてここに書いていても仕方ないっすね。
そんなこんなであたふたして、打ち上げにおじゃまさせていただくことに。
うわー、早川義夫と松村雄策が向かい合って座ってる・・・なんなんだこの絵は。
そっと同じテーブルの端っこに座って、早川さんが熱く語っているのに耳を傾ける。
とにかく今ヰタセクとともに演奏をしているのが楽しくて仕方がないのだろう、ニコニコしながら反省点を交え松村さんやヰタセクのメンバーに身振り手振りを入れて話している・・・なんなんだこの絵は。
夢心地になりながらの数十分。
ご迷惑とは思いつつ、「定本ジャックス」にサインをお願いする。「こんなもん捨てちゃいなさいよ」と冗談を言われながら脇で「いやいやバイブルですよ」と松村さんがフォロー。
そしてブランライブアルバムを差し出すと、「あれこのバンドのCDもらったよね」と早川さん。前回の下北シェルターのライブの際、私は足を運べなかったのだけれど、アルバムをお渡ししたのを何と覚えてくれていたのだ。・・・何だかもう。
終電の時間が迫ってきたので、メグと一緒においとま。
松村さんが丁寧に挨拶してくれたのが感激でした。
こんな日もあるんですね。生きてて良かった、音楽やってきて良かった。もっともっと頑張ろう。(2002.4.30)
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