ワタシタチノオンガクソノニ
非対称の自爆テローー『アワーミュージック (Notre Musique)』#2
あのとき 立ち止まったオルガは なにを感じとっていたのか
彼女にぼんやりと見えていたのはなんだったのか
なぜ彼女はあれほど楽しそうにサラエボの街を軽やかに駆け抜けていたのか
彼女にはなにが見えていたのか
目を閉じた彼女はなにを見ていたのか
昨年の11月からずっと考えてる。目を閉じて見たものを思い出そうとしてきた。それがなんなのかを想像しようとしてきた。
2005年夏の終わり、体調を崩して入院することになった。楽しみにしてたゴダールの新作 (『アワーミュージック Notre Musique』) を見逃してしまうのではと心配したけれど、11月には映画館に行けるくらいまで回復した。けど、思いっきり落ち込んでいた。悔しさとか、憎しみとか。いろんなヤなことをいっぱい思い出した。ネガティブな感情に囲まれて身動きできなくなった。なんにも分かっちゃいなかったことが分かって、うずくまった。
激しい憎悪にまみれ殺しあったそのあとで許しあうことがそもそも可能なのだろうかと思った。言葉で言うのは容易い、けれど、親兄弟や愛する人を殺されたとして、その苦しみや憎しみを忘れることができるものなのだろうか。それでも相手を許し和解するなどということができるものなのだろうか。もしできるとしたら、それはある意味、人間を超越しなければなしえないことなのではないか。
リハビリを始めた。まずは、近くの公園のトラックを歩くことから。次第にウォーキングのスピードをあげていったとき、突然、オルガの表情が頭のなかに浮かんだ。そのとき、わたしは、オルガと同じ表情を浮かべていると感じた。あのときオルガが思い浮かべていたことがなんだったのだろうと考えた。悦びが脳のなかに広がった。
2003年3月20日に始まったあの不理屈な戦争を世界が阻止できていたなら世界は今とはかなりったものになっていたはずだ(日本は率先してその戦争の棒を担いだ)。
イラク戦争はベトナ戦争に似ている。なぜならそれは間違った戦争だったから。
ベトナム戦争初期の1963年6月、ゴ・ディン・ジェム旧南ベトナム政権の仏教徒弾圧抗議のためガソリンをかぶって焼身自殺したティック・クアン・ドウック師の死後40周年の追悼法要を伝える「弾圧抗議焼身僧40周年の法要」という記事が当時の写真とともに2003年5月22日の新聞に掲載された。ゴダールが参加した映画『ベトナムから遠く離れて』には、ベトナム戦争に抗議するため1965年11月2日米国防省ペンタゴン前で焼身自殺を遂げたアメリカ人ノーマン・モリソンについてのエピソード(アニュス・ヴェルダ監督撮影)が収められていた。
2003年8月、パティ・スミス展で、9.11のハイジャック犯たちをベトナムで焼身自殺をした僧侶とリンクさせようとしているかのような作品を見つけた。パティはHijackers と書かれた紙の中央に縦に細い紙を貼付け、そこに小さな字で "Buddis monk burns himself to death to protest the Diem government in South Vietnam Malcolme Brone, Associated Press, 1963" と書き付けていた。
自爆テロをする側にもそれなりの理由がある。
たとえば、国境なき医師団でボランティアをしているある日本人医師は、イスラエルのパレスチナに対する暴力がどれほど一方的なのかについて次のように語っている。
「日本でニュースをご覧になってるみなさんは、パレスチナによる自爆テロとイスラエルによる 報復 攻撃が交互に繰り返されているような印象をお持ちかもしれません。両者の関係を指してよく暴力の応酬と言う 言葉 が使われますが、この言葉は完全に間違いです。なぜならイスラエルとパレスチナは対等ではないからです。パレスチナの 市民 は毎日、イスラエル兵によって家を壊され、理由もなく逮捕 され、殺され続けています。 戦車 でひき殺す、軍事ブルドーザーによって家ごと地ならしする、 救急車をチェックポイントで何時間も足止にして、乳児や妊婦が救急車 内で亡くなってしまうこともしばしばです」
「国際報道では取り上げられにくい陰湿な方法で、イスラエルは延々とパレスチナ人を抑圧し続けているのです」( 2003年 8月8日 NHK 地球ラジオhttp://www.msf.or.jp/news/news.php?... )
国際社会はパレスチナの自爆テロを非難するが、イスラエルの軍事的暴力行為についてのニュースはほとんど報道されることがない。
けれど
テロの応酬には終わりがない。愛がない。未来がない。悲しみしかない。憎しみしかない。出口がない。救済がない。
パレスチナの少女による自爆テロのニュースを耳にするたび、胸が張り裂けそうな思いをしてきた。たまたまそこに生まれてきたということ以外に女の子が爆弾を抱えて吹き飛ばさなくてはならない理由がどこにあるというのか。もし、そこではない別の場所に生まれてきていたなら、友達たちとたわいもないことを話しながら笑い転げるような毎日を過ごしてたに違いないような、そんな女の子が。
まったく笑えない。
「どんな思考も崩れそうな微笑みを呼び起こす」
ゴダールの『愛の世紀 (Eloge de l'amour)』のなかに出てくる言葉。この言葉が好きだ。
ロシア出身のユダヤ系フランス人のオルガの自死。
人質をとり自爆を口にする。イスラエルの人が平和のために一緒に死んでくれればうれしいと言い、バックから本を取り出そうとした瞬間、狙撃兵に撃たれて死ぬ。
バックから本を取り出そうとした瞬間
バックから本を取り出そうとした瞬間
バックから本を取り出そうとした瞬間
オルガの自爆テロはこれまでのどんな自爆テロとも対称性をなさない全く別の発想の自爆テロだ。これまでのテロとは次元の異なる、非対称の自爆テロ。彼女の自爆のための道具が本である限りにおいて、自爆テロとさえ呼べない。銃のかわりに本を携え、想像力の翼を羽ばたかせながら彼女は殉教していった。悲しい。けれどなぜか絶望を感じさせない。なぜだ。それはおそらく彼女が憎しみや復讐やプロテストのために死を選んだのではないから。自死を決めた後も彼女は子供が好きで人生が好きだったから。微笑みをあとに残す。そういう自由な思考に由来するものだから。
神の裁きなどどうでもいいとオルガは言う。「自分だけが裁けるの」「生にも死にも無関心でこそ、完全な自由になれる。それが目標よ」と。
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オルガはなにかを見たに違いないのだ。サラエボの街を歩いている時、あるぼんやりとしたなにかのイメージが次第に明確になっていくのを感じていたに違いないのだ。
この映画の天国篇の世界はオルガの頭のなかに描き出されたイメージの世界だとわたしは思う。あの既成概念にとらわれない自由な発想と若さはオルガに由来するものだ。オルガは森のなかを歩く。立ち止まり、目を閉じては新たなイメージを形成する。するとまた彼女の世界が現れ、彼女はその世界を歩み続ける。彼女がサラエボの街を歩いていた時のように。
この映画は、再び目を閉じたオルガの映像で終わる。と同時に、映画は再び始まる。わたしも目を閉じる。オルガのように。
そして考える。オルガがなにを見ていたのかを。木の枝に座っていた若い男の子とひとつのリンゴを順番にかじった後のオルガのことを。新しいアダムとイブの物語のことを。自分たちの自由意志で知恵の実を分け合って食べた彼等の未来のことを。
- 監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard)
- 『アワーミュージック (Notre Musique)』
- 2004年 /
- 2009/01/05更新
- 2006/04/25登録
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