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クリストファーの夢

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ロバート・ボスナック著(創元社)

 本書はロバート・ボスナックという有名なユング派の分析家による、クリストファー(仮名)という青年の詳細な夢分析の記録である。
 クリストファーという青年が自分の同性愛についての負い目や葛藤をなんとかしたいという目的でボスナックに夢分析を希望してくる。ボスナックの都合で一年待たされた後で治療が開始される。そしてある日、クリストファーがエイズに罹っていることが判明。(現在エイズの治療は格段の進歩をとげているが、本書が書かれた1980年代後半はエイズの流行ははじまったばかりだった)ボスナックの勧めとクリストファー自身の希望により、彼が亡くなるまで二人のドリームワークが続けられる。
 この本を手にとって、一般の夢分析の本と「何かが違う!!」と感じたのは、ボスナックの言葉に置き換えれば、治療者と患者の強烈な「融合の関係性」のせいだろう。彼は「序文」の中でこう言っている。 

本書は、治療者と患者の関係が融合の関係性となるために、しばしば、お互いどこからどこまでが自分なのか見分けるのが難しくなるような治療の一例でもある。クリストファーは、私に、いかに聞くかを、彼と自分自身とにいかに耳を傾けるかを、教えてくれた。それゆえ、これは、親密さの影の領域に患者と治療者が入っていくイニシエーションの物語でもある。
(「日本語版序文」より引用)

 「オーラの泉」の江原さんなら、きっとボスナックのことを「憑依体質ですね」というだろう。(笑)ボスナックはクリストファーとのドリームワークを通して、患者との無意識的な同一化や、エイズという病に対する恐怖や嫌悪、自分だけが生き残ることに対する罪悪感、恋愛関係における嫉妬に似た感情など、さまざまな精神状態を体験することになる。

私は決してエレベーターを使わない。階段を歩いて上がることで、会うための心の準備をするのだ。毎日私は、行きたくないと思う自分自身を押し出すように病院に向かう。そして階段のところまで来た時突然、彼に会いたいという強い願望を感じ、足早になる。一歩一歩彼のところに近づくにつれ、私は生きていて彼は死に向かいつつあるという対比を感じる。彼に会うために手を洗っている間、強制収容所で生き残った者が生き残れなかった者に対して感じるような罪悪感について思いをめぐらせる。(本文より引用)

 この本のすごいところは、エイズ患者であるクリストファーの夢分析にあたって、ボスナックがセラピストという立場にとってマイナス思われるような性的な幻想部分すら包みかくさず報告し、クリストファーと深く交わりたいという胸の張り裂けるような思いについても正直に語っているところだ。

(略)そう言えば、彼が旅に発つ少なくとも一カ月前から、彼との面談後、私は手を洗わなくなっていた。彼が退院してきた直後は、クリストファーと会った後は必ず神経質に手を洗っていたものだが、それは不合理な清めの儀式だった。その後知らないうちに、その儀式をやめていたことに、私は今思い至った。その後しばらくして、もう一度、彼に会った後で手を洗うのを「忘れる」ということがあった。その時の面談中に、彼のを飲みたいという詳細なポルノ的幻想が浮かんできたことに気がつく。興奮と嫌悪感が胃の中で混ざりあう。彼に会った時、その青白い腕に噛みついて血をすすりたいという衝動に襲われたこともある。それでやっとわかったのだよ。神よ。私はエイズになりたいのです。噛みついて血を混ぜ合わせたいという私の欲望の思いもよらない残忍さに私自身驚く。
家の書斎の守られた環境の中で、私はクリストファーとの関係について反省する。(略)ただ彼の血を吸い、クリストファーと融合したい、という無意識の衝動だけを感じる。もしそれを充分自覚するようにならなければ、危険なことになるだろう。(略)これは私が死にたいからではない、まして、彼と心中したいからではない、という深い確信を即座に感じる。私達の深い親密さが彼と一つになりたいのだという切望を生んだのだ。そして、彼と一つになる唯一の方法は、彼とともにこの病の内側に立つことなのだ。(本文より引用)

 本書は小説のようで実に読みやすい文体である。そして、夢に興味のある人や医療・心理臨床に携わる人だけでなく、一般の人にも多くの示唆に富んだ内容だと思う。他者との関係をうとましく思い孤独を愛する一方、自我が破壊されるほどの強烈さで他者と親密になりたいという葛藤に揺れ動く(?)自称「へそ曲がり憑依体質」(爆)の私には、ボスナックの苦悩や混乱がよくわかるような気がして夢中で読んでしまった。もちろん、これは一方的な思い込み(転移)だと思うけど……(笑)
 クリストファーの夢に対する無意識の反応を含めたリアルなやりとり、ボスナックの夢の解釈も素晴らしい。エイズという病になり精神的孤独に陥っても、無意識の中(夢)では多くの人に出会い、たくさんの物語が生まれている。深層からのイメージが、死の恐怖をいかに扱い、肉体の崩壊という事実をしのぎやすいものにし、どのような物語で痛みに生気を吹き込む道を示すのか……。

「あなたは生きている人から命の糧を得る。覚えておいてくれ、命を、生きている人からだよ」

 これはボスナックが重篤なクリストファーに、彼の過去の夢(ビリーの夢)を語って聞かせる場面でいう言葉である。夢は内界と外界をつなぐ物語であり、二人の「融合の関係性」があったからこそ、これらの夢は生まれてきたのだろう。
 現在、ロバート・ボスナックの仕事は広く身体疾患の領域に及んでおり、エイズ以外にも、癌や臓器移植を受けた人たちともドリームワークを行っているという。

 おなじくロバート・ボスナック著の『夢体験を深める──ドリームワークの方法』(渡辺寛美訳)もおすすめ。



クリストファーの夢

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geetu画像 投稿者:
geetu
  • 2008/05/15更新
  • 2006/06/04登録
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