文学の徴候
斎藤 環 (著)
「ひきこもり」を専門とする精神科医斎藤環の初めての文芸評論。
著者はまず、ラカン研究者の宮本忠雄が提唱する「エピパトグラフィー」を、作家の創造行為の中の病理的表現を個人の病理としてでなく、その関係性から考えようとした点で画期的だったと評価した上で、本書をエピパトグラフィー的な病跡学とメディア論の中間に属すると説明している。
さらに作家個人の人間関係だけでなく、作家と作品、作家と共同体、作家と社会といった様々な関係性が創造の孵卵器としての環境に転ずると、ほんらいは健常であった作家の作品が、病理的なエレメントをいっぱいはらんだものへと変質する。その、一種の相互作用に似た仮説的な場を「病因論的ドライブ」と呼んだ。本書は、この実体があるのかないのかも定かでない「病因論的ドライブ」の所在を探す試みだそうだ。
まな板の上にのせられたのは、柳美里、滝本竜彦、佐藤友哉、赤坂真理、舞城王太郎、中原昌也、町田康、村上春樹、阿部和重、保坂和志、島田雅彦、川上弘美、大塚英志、鎌田哲哉、小川洋子、笙野頼子、古井由吉、大西巨人、大江健三郎、石原慎太郎、村上龍、金原ひとみ、田口賢司など。
残念ながら私は作品を読んでない人、名前すら知らない人も多かった。(笑)いたるところにラカン派精神分析の用語がちりばめられ、挑発するような鼻につく文体と口やかましさ。こういう文体、ダメな人にはダメだと思うけれど、私はけっこう好き。(ひねくれてるのか)
斎藤環節は「病因論的ドライブ」にこだわらなくても、作品を読んでいなくても楽しめました。(笑)。
(補足)
先年病没した宮本忠雄という人は、高村光太郎が妻・智恵子の狂気に誘発されて、詩作という創造的高揚に至り、島尾敏雄が妻・ミホの精神的失調を看護する過程から17年間にわたって『死の棘』を書き続けたことなどを例に上げ、こうした二者関係からさらに三者関係(例えばジョイス‥‥娘ルーシア‥‥べケット)において精神病がどのような役割を演じ、それが創造性の回路に何をもたらしたかを追求した人らしいです。難しそうだが面白そう。
- 2008/04/30更新
- 2006/07/02登録
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