湯木貞一
日本料理の最高峰と言われる料亭「吉兆」の創業者。
日本料理を変えたといわれる。
彼は神戸の料理屋「中現長」の長男として1901年に生まれた。家の方針で上級学校への進学は許されず、15歳から料理修行を始めた。
湯木貞一さんは、このまま人参などを相手に生涯を捧げてよいのだろうかと葛藤していた時に、松平不昧公の茶会記を読み、その懐石料理の季節感にふれて、料理を一生の仕事とする決意をする。そして、1937年(36歳)には表千家の門を叩き、本格的に茶道の勉強を始めている。
1930年(29歳)から「中現長」を離れて自分の店を持つが、店の繁盛や戦禍の為に店は転々とするも、贔屓の客は離れなかった。それどころか、良い不動産を斡旋したり、良い条件で資金提供したり、彼の才能に惚れて支持する人々が絶えなかった。ついには1961年(60歳)に東京進出を果たす。
こうした躍進を支えたのはもちろん彼の料理である。飲食に茶道の趣向を取り入れたのである。ただ旨いだけでは満足しなかった。「吉兆」の料理は器も客室の設えも含めて、五感で味わう料理である。
『暮らしの手帳』での連載を「吉兆味ばなし」として公開している。なんとか日本の家庭料理を残さなければという考えからだ。
今は大阪に湯木美術館もあり、多くの人々の目を楽しませている。
- 2006/07/24更新
- 2006/07/23登録
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2006/07/24
島崎丈太 20代の頃、自分の職業人生での三大野望が (1)社費留学 (2)ヘッドハントされる (3)偉くなって吉兆で接待される でして、(1)と(2)は曲がりなりにも実現したのですが、(3)だけは未だにかすりもしません。 今のご時勢では接待なんか当てにしていたら、金輪際チャンスがありそうにないので、やはりこうなったら自腹で行くしかなさそうです。
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