ごくらくちんみ
杉浦日向子の最後の掌編小説集が文庫化された。
くさや、たたみいわし、とうふよう、ふきみそ、からすみ、ほやしょうゆづけ、しおなっとう……タイトル通り、極上の珍味を素材につづる掌編集。珍味の舌触り、歯触り、香り、喉ごしと重ね合わせるように描かれる、登場人物たちの、ちょっと可笑しかったり、切なかったり、深く悲しかったりするココロ模様。いやあ、素晴らしい。まさに極楽。
何より、珍味のその美味しそうなこと! もう読んでると、ひたすら胃袋がぎゅうぎゅうと刺激される。舌鼓の、そのまさに鼓の音の、小気味よい、心地よいリズムが聞こえてきて、トントンと胃袋をノックする。
たとえば、「あんきも」のこの描写。
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口中で転がしていると、ふいにほろっと細片が崩れ、それを舌で追い裏漉しするように潰す。部位により微妙に香りが違う。そこへひやおろし。海底の沈黙は、豊かな時を育むふとんなのかもしれない。
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あぁ、もう参った。このたったの3行ほどで、頭の中があんきもと、ひやおろしのことで一杯だ。そう、もうひやおろしの季節だ。ああ、飲みてぇ。あん肝食いてぇ。
勢い余って、脱線した……。
描かれる人物の、なんかこう「他愛のない」加減の佇まいもいい。その他愛のなさに、胃袋ではなく、今度は琴線が刺激されて、グッとくる。
珍味って、珍重なものだし、ホントに美味しいんだけど、なんというか、とるに足らない、他愛のないものじゃないですか。人生も同様に、ホントに他愛のないもの。ワタシの頭の中のぐちゃぐちゃもすれ違う人にはなんの意味もない。とるに足らないもの。
その他愛のないもの。珍妙なる旨味の固まりを、ちびりちびりと削り取っては嘗めていく。そして味わう。そして、それがやめられない。そんな感じ。まさに珍味。
その珍味を何度も何度も噛みしめるように、繰り返し読んでいる。ああ、この人が書く「珍味」の話をもっと読みたい。でも、それは叶わない。
切ない。
そんな幸せと切なさを噛みしめる秋の空。だからして、今は無性に珍味が、珍味だけが食べたい。
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