プロフィール
アメリカで産声を上げたハウスミュージックは海を渡りイギリスでアシッドハウスへと変化する。このなんとも薬漬けのおめでたいシーンは60年代の同様のシーンに準えてセカンドサマーオブラブと命名された。
さらにマンチェスター周辺のインディーズのバンドがこれを挙って模倣し、マンチェスタームーブメント(スカリーズ)というどこから見てもカッコのよいとは言い切れない猫背なシーンが誕生。
その頃日本では、ディスコはクラブと名を変えて、ドレスコードのないこれまた密かに薬が行き交っていると思われる危険な場所と化していた。ところが、このクラブに今までにないロックミュージックをかけるシーンが登場。そう、マンチェスタームーブメントが日本にも飛び火したのだ。彼らはダボダボなジーンズにXLのお気に入りのミュージシャンの名前の入ったTシャツを着て、これまた猫背でマラカス片手に踊りまくる。中にはサングラスに細身のニットでボビー・ギレスピーを気取る集団まで登場。
このクラブシーンはコンサート会場にも波及し、彼らの愛するミュージシャンはイスのあるホールではなく、渋谷や川崎のちょっと大きめなライブハウスにステージを移すのであった。会場はちょっとしたクラブ感覚。その中には今となっては伝説のバンド、NirvanaやMy Bloody Valentineも含まれていた。
しかし、そんなカッコよくもないものが長続きするわけもなく、ある者は80年代に一度消え去りながら復活の兆しを見せるテクノミュージックに浮気をし、ある者はこのシーンの根元ハウスミュージックに目覚め、またある者は、ネルシャツを着込んで自由の国アメリカで花開いたグランジへと傾倒。さらにはジャジーで実力を備えたアシッドジャズというジャンルの登場とともにロックミュージックを基調としたこのシーンは見る影もなくなってしまうのだった。それまでダボダボのTシャツを着ていた誰もがピッチリした古着に模様替え、スタイリッシュでかっちょいい音楽に首っ丈だった。
そしてこれらの時代を生きてきた日本のミュージシャン達は、彼らなりの解釈で音楽を進化させ、渋谷のHMVやZEST、WAVE等を中心に“渋谷系”というジャンルとして一世を風靡するのだった。
そんな“渋谷系”とは全く関係のないわたくし“渋谷径”。そんなこんなでよろしくお願いいたしますです、はい。
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