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2012/01/12

花から学ぶこと

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仏陀もイエスも "花" から学ぶように伝えたらしい。

その意味は多少なりとも1つの植物と長く接することで分かるところがある。

『咲いた瞬間こそが素晴らしいからこそ、いつも咲いている必要はない、咲いていない時こそが重要なのだ。』

母親は園芸が大好きで、実家はさながらジャングルのようだった。
植物は寂しさを癒してくれるそうだ。

この半年間で、ベランダには沢山の植物が並ぶことになった。植物は生きる活力を与えてくれることを知った。
そして "花" は生命のあり方を最も単純な形で教えてくれるものなのかもしれない。
花を贈ると女性が喜ぶ意味も少し分かった気がする。





2012/01/03

シンプル考。

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"シンプル"という言葉は形だけを示すものではない。 それは"デザイン"も同様。
シンプルを訳すと"簡素"。 だから"素"が無いものはシンプルとは言えない。

では、"素"とはなんだろう? "必要なもの"のエッセンスのようなものだろうか。
例えば、素麺は麺の最もシンプルなものなのかもしれない。
素材という言葉もある。それだけでは製品にならないがその構成要素を成すもの。

では素麺は一番美味いのか? 素材は一番美しいのか? そうではない。
でも、素を磨き上げたものは美しい。往々にして"ふつう"を超える事も多い、そういうことなのではないか?
チャールズ・イームズのノートン記念講義に"Goods"(もの)がある。
素に限りなく近い"もの"が集まった時に見せる魅力を語ったものだ。
ゴテゴテかたちだけデザインされたものより、よっぽど魅力がある、ということを言いたかったのではないか?


では、素はデザインできるのか?
デザイナーは"素"を発見する職能を持っているのか?

問題は、ものの原型を生み出すような行為が難しいことにあるのではなく、
殆どの人は自分にとっての"素" が分かっていない、分かろうともしていない。ということにある気がしている。
消費者もメーカーも、デザイナーだってそう。

そもそも、"素"は作るものではないのかもしれない。
しかし、たまに、そのことを信念を持って追求しようとするデザイナーがいる。
柳先生は "美は作るものではなく生まれるもの" という言葉を遺された。

例えば雲南の棚田の美しさに稲作の”素"を見る。
それは、先祖代々、年月をかけて、米を主食とする必要性と努力が生みだしたものだ。
棚田の形は美しい。一方でその背景にあるストーリーや循環のしくみ、愚直にも見える一途な人々の思いに、我々は感動する。美しいと思う。

自分がものに”シンプル”という言葉を使うとき、頭に想っているものは形だけでなく、そういう健全さがあるのか? ということにある。
今後、アマチュアのプロシューマー的な個人たちが自らの"素"(必要なもの)を真摯に考え続け、メーカーやデザイナーがそれを支援することで、欲しくなるシンプルなものが生まれるのではないか?

2012年はそういう様子が垣間見れる年になると面白いなと思います。

2012/01/01

今年は冷静に変化を見届けたい

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関心空間には昨年もお世話になりました。利用を始めてから今年で丁度10年。投稿回数は減っても私にとっては大切な場の1つです。大切な場があることは有難いことです。


年が明けたので、改めて昨年1年を振り返ってみると本当に大きな変化があったなぁと想います。

世間的には3.11の震災人災があり、物理的にも心理的にも大きな変化(大変)があったわけですが、個人的にも大変な1年間でした。

家族危機を乗り越え、仕事面では新展開に適応し、病になったり体格が変わったり、と色々経験したことで分かったこともも多く、胆がどっしり座ってくるようになった気がします。

楽しいことも沢山ありました。念願だったヨーロッパ一人旅や家族との旅行を重ね、日用品や本を沢山観て、自転車に愛着を覚え、日本古代史から東アジアの民族学を探求し、園芸や工作から創作の楽しみを覚えたり。始めての甥が誕生し叔父さんになりました。

世間的には今年さらなる大変化が訪れ、どんどん複雑に悪くなっていくように見えるかもしれませんが、同時に世の中はどんどんシンプルに良い方向に進んでいる気もしています。
自分のペースをしっかり保ち、冷静に見届け、対応していきたいと思います。


写真は「動かざる者」不動明王。菩提心(仏道を求める心)がゆるぎなく堅固であることを意味しているそうです。

2011/04/16

オランダへ

今年のGWはヨーロッパ旅が実現しました。
明日からアムステルダムです。

いままでオランダについて殆ど何も知らなったけど、
「寛容と自由とデザイン」のある国に関心ボルテージが高まっていって、
最初の到着地にすることにしました。

アムステルダムの運河の多い地形は江戸を思い出します。
また、コンパクトに様々なものが集まっているけど、東京の様にゴミゴミしていないところなんかは博多を思い出します。ちなみに九州位の土地面積に1600万人が住んでいます。人口密度は九州の2割増くらい。
こういう規模の都市はいいなぁと思う。

質素・倹約の文化もあるそうです。
上質のものを長く着る、衣食住のうち「住」に対する比重が大きい、など共感できます。

自転車文化は、ネーデルラント(低地の国)という通称の通り、灌漑したフラットな土地柄ならではのもの。
右の図にあるように、茶色の箇所はもともと沼地だったそうです。
今年完成するスカイツリーのある墨田区も灌漑した土地です。昔は運河も沢山ありました。
今後の墨田区の街づくりに期待していますが、、オランダは参考になるもかもしれません。

同じく、人の手によって開拓された港町であり、先進性や自由な気風のあるサンフランシスコは大好きな街ですが、アムステルダムも気に入ることができるといいな、と思います。

ユトレヒトを抜けて、ドイツ、スイス、イタリアに向かって日用品やアンティークを見てくる予定ですが、オランダに居ついてしまうのも悪くなさそうです。

2011/01/30

久々の骨董市で「手作り」の大切さを考える。

  • 久々の骨董市で「手作り」の大切さを考える。の画像
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今日は3歳の娘と骨董市まで散歩に出かけた。
そこで会場に到着するなり、娘が欲しがったのが、麻雀牌。

この麻雀牌、小ぶりで、鹿の角と竹で精巧に出来ていて、
木箱に入ったその姿は工芸品としても中々の表情を見せていた。

娘は並べて遊びたいのだという。
その楽しさは理解しているし、並べ甲斐がありそうだ。

店主に価格を聞いてみると、やはり安物ではない。
一回りしている最中、あまりにも娘がせがむので、帰り際に値引き交渉をしてみると、あっさり予算内に負かった。娘の真剣な眼差しの勝利?
というわけで、今回は麻雀牌が戦利品となった。

ところで、この麻雀牌、いつ頃のものだのだろうか?
張ってある麻雀牌税の収入印紙を調べてみると1948年から発行されたものらしい。
MIDORI KOWGEI 製で英語表記しかないところを見ると戦後の輸出製品?
印紙だけで1500円、当時のサラリーマンの給与が1万円だというから正価1万円だったとしても、相当の価格だった可能性が高く、やはり海外向けだったのだろう。

同じ図案の牌面の文字をよく目を凝らして見る。
すると、塗りはともかく、彫りにも個体差がある。しかも微妙に違う。手作りなんだなぁ。

手間をかければ良いという訳ではないけど、機械だけでは出せない表情ってある。
例えば、この「まろやかさ」は機械だけで作ったら難しいだろう。

iPodの鏡面仕上げは新潟の職人さんが手作業で磨いているのは有名な話。
大量生産でも一手間かけるだけで、随分と差別化は図れる。

そして、少量多品種の時代、機械と手作業が半々を占めるような仕事を考える。
日本人にはもう頼めないと思っていた手仕事だけど、
何故か、これからは手仕事を日本人が手がけることが、とても重要な気がしました。

イタリアみたいに家内制手工業が増えて、地方で無理なく作り、ECで売るみたいなのがいいと思う。

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ユーイチロー

ユーイチロー画像 日用品、二輪車旅行、読書、コーヒーが好き。 デザインや園芸、歴史や民俗学にも関心あり。 Flick... もっと見る

  • 2012/01/15更新
  • 2002/03/14登録

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