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2008/03/27

ハグの嵐――ついにジェニファーとも 〔速記版〕

サブレット〔又貸し〕は生活用品が一式、最初から揃っているから入るときは楽だけど、出るときは、とくに顔の見える関係の場合はたいへんだ。私もこの1週間ほどは――さまざまな人びととの別れの会見の機会以外は――、こんご5年は掃除などしたくないと思うくらい掃き、そして拭き清める日々を過ごした。おかげで、どこそこに行ってあの夏や秋の日をしのびたいな、と思っていた場所にはほとんど行けなかった。考えてみればしかし、何度も書いてきたようにこの1年のサバティカル〔研究休暇〕を人間の生にたとえ、つまりは帰国を死に相当するものとみなすならば、通常ひとは死の床に臥して、愛する桜を愛でにいずこかに出ていくなんか無理なのである事実との関連で、ますますこのアナロジーが正しいものと思えたりする。

しかし、さすがに今日、日中をこの地で過ごす最後の日は、自分の好きなようにしたいと、誰との社交的会見も入れず、最後に訪ねたい場所、3か所を訪ねた。

そう、一つ目はアノ和食の店。いつもは片道25分かけて歩いていく道を、今日は他にも行くところがあるのでオンボロを走らせていって、そして最後だからと特別なメニューを頼むわけでもなく、いつもとまったく同じチップ込み13ドルの寿司ランチを食して、最後に、「明日帰国します。1年間、ありがとうございました」と田中さんに挨拶した。と、私は彼の名前を知っていても、じつは店の主とあまり懇意にしたくないタイプの私は(そう思われていないんじゃないかな関空では)、何も明かさずただ週一くらいの割合でやってきていた一中年男性にすぎないので、あのひとは何者だったのだろう、と「田中ちゃんの謎」ほどでもないだろうが向こうにとっては「挨拶されてもなぁ」だったかもしれぬ。

二つ目は、アノ墓地。あっ、でもこれは書き始めたらキリがないから、中味には今夜は立ち入らない(でも深く論じる機会はもう関空では、ない)。

三つ目は、スタバ(最適のリンク先トピックを探している余裕がない)。とっても凡俗なのだが、私の米国生活ではたしかに一つのオアシスだったコノ場所に、3回行けば1度は会う、名前もすでに知りあっている――その意味では上の田中さんとの場合より「関係」が深い――ジェニファーという女性バリスタがいて、今日行って彼女がいたら、「明日帰国します。1年間、ありがとうございました」と挨拶しようと思っていた。なんだ、田中さんと同じじゃん(笑)。でも、日本から初期に持参した扇子(みやげものだから中味は知れている)ももってだから、ちょっとちがう。で、すこしドキドキして行ったら、いたの。ウェーン、帰っちゃうの? といって、スモールコーヒー(寿司ランチと同じでいつも代わり映えしない最安1.78ドルのコレを頼むので皆、すぐ出してくれる)をタダにしてくれた。そしてそのあと扇子を渡したのだが、コーヒーをタダにしたお礼と思われただろうか。いや、帰りにしなにカウンターから出てきてハグしてくれたことを私は、私が扇子をあげたからだと思っていない(思わないタイプ)。

いや、「ハグの嵐」なんて、まるでヘッセをもじったかのタイトルをつけたように、ここ数日、掃除の合間に出かける先で何度もハグという、フォルムとここでは呼んでおきたい関係を私は米国人との間で結んだ。最後だからと米国流フォーマリズムでそれにおよんだケースもなくはないかもしれないが、隣家の男女それぞれとのソレ――今夜ソレについて書いていたら私は荷造りを終えることができない(笑)――もふくめて、何例か、私は深くハグし合った。そしてそれぞれ、いい感触だった。

と、今夜はこれを乱れ打ちのように書いて、そして推敲もせずアップするが、それではあまりに雑なので、ついでに最近のノリで、ある日の日記の改訂版(推敲が二度入った感じかな)を掲出しておく。それは、日付上は昨年のちょうど今日、同じ3月26日に書かれたことになっている、内容的には明日の帰国便が堕ちて死したる場合に私の「白鳥の歌」となる書物の序文となるであろうもので、じっさい、全部で原稿用紙約450枚分(あと100枚分は圧縮して米国を発つ予定だった)のデータはさる編集人の手に、ついさっき渡った。もう一冊の書物(講演録)は、何があっても彼の名において出版されるだろうが、死んだときは保険金から費用を出すからと託された、要は私家版の原稿を、彼はどのように読むことであろうか。

3か月前の里帰りの直前に「飛行機嫌いは三度、別れの言葉を遺す」と書いたこととの絡みでいえば、内容的にはむしろ前回分のほうが遺言めいているが、いずれにせよ私は明日(日本時間の今夜)、米国北東部の某地方都市を発って、日本に向かう。私が生きて日本の地を踏み、次にもう一度だけ最新の場所に日記をアップするときには、したがって読者の誰もが「いちいち書かなくてもなぁ」と思っていたにちがいない「(米国東部時間XX日XX時XX分)」の表記はもう、読まれることはない。

(米国東部時間2008年03月26日23時07分)

2008/03/10

日記さえ気持ちよく書ければそれでよかった――私にとっての関心空間

 
関心空間の、私は良いユーザーではなかった。「第二種アクティブユーザー」が、私が自身に与えていた僭称で、つまりは日記さえ気持ちよく書ければ、キーワード欄はどうでもよかったのである。その代わり、「アクティブ」を自負するだけあって量は半端ではなく、――昨日から丸一日かけて私の日記の全本文をコピー&ペーストでアーカイヴ化(下書きのメモ帳ファイルはPC内で散らばってるからね)してみたら――渡米後だけでそれは210余件、字数にして28万字を優に超えていた。

職業柄つい作動させてしまう400字詰原稿用紙の換算では、なんと700枚余。最初の里帰り時点で、2か月ほどで300枚分、刊行まで(怠惰と繁忙ゆえ)10年かかった私の前著の分量を書いた驚きをすでに告白しているから、ペースとしてはむしろその後すこし落として、結果的に、文字級数も落とし注も豊富につけた浩瀚な研究書の分量に達したわけである。内容が違うからね、と私はここで卑下することはしない。論文らしい論文を卒業論文(その「形式」は激賞された)で書いたきり、あとはエセー風の文体(数種あるが)でしかモノを書いてこなかった私は、同業大学人がよく使う軽蔑語としての「雑文」なる表現を、使ったことがないし、これからも使うつもりはない。

自己愛のつよい私は私自身の文章を愛し、ゆえに、いまや、当地[米国北東部のさる学術都市]で読まれた2本の講演原稿の増補日本語版が(もしかしたら過去の講演録と合わせて)1冊の書物として日の目を見る、確度の高い見通し(まだ原稿は出版人に手渡っていないからね/笑)が立ってもなお、日記じたいにも書物のカタチを与える構想は、2度の里帰り時に飛行機が堕ちた場合の「白鳥の歌」として冗談めかして明かしていたとき以上に、より高い現実性を帯びている。

もちろん、ただ文を再録するのであれば、わざわざ紙媒体を選んでしかもそれを書物の単位で綴じる意味が、ない。選んで、直して、あるいは並べ替えて、の作業をおこない、3分の1程度の分量に約めえたとき、人生のなかばに、「燦々と注ぐ陽の下ではこれまでまったく文章を書いてこなかった人間に、そんな昼の時間が溢れんばかりに与えられた」(2007年06月30日付「午後のモダニスト [改訂第2版(20070821)]」)のである変則事象に、たんなる個人的次元を超えた文学的(もちろん思いっきり広義の)な意味が付与されうるのではないか。これが自分の日記の原初のアーカイブ化を終えた現在の私の、ささやかな目論見である。

いずれにせよ、2度目の講演を終えた翌日に3月に入り、今日の未明には30cmを越える積雪とマイナス15℃の気象条件下に「サマータイム」と俗称もされるDST(Daylight Saving Time)に切り替わり、私の米国滞在の時間も残すところ20日を切った。停電ひとつで大騒ぎする人間――2007年05月16日および17日付の日記を読みなおしてコイツはアホかと自分で思った(笑)――だから以前のようなペースでこの最後の日々のことを綴っていたら、心も体もパンクしていただろう。書物に終わりのページがあるように、気持ちよさの減少(1か月を経ても私のなかでは変わらなかった)による、この潮時は待たれ、また来るべくして来たものだといえる。

というわけで、新規の日記執筆は、日本への出発前と到着後の、残り2回となる。(過去の日記の更新[改訂版の新規投稿を含む]は引き続きおこなわれる。)


(米国東部時間09日21時20分; 同10日00時23分 微修正)

2008/02/11

危機管理としてのブックマーク問題

 
1.  Mixiの「足あと」ほどではないとしても、つまり適度に可視性・把捉性を落としながらでもアクセス履歴を提供している――そして一面ではまさにMixiほどメジャーでないうえにこの微温状態の履歴管理がいいというので利用しているユーザーも少なくないと思われる――そんなSNSにとって、(被)ブックマーク数の計測に係るプログラムに長くバグがあった、というのは、小さからぬ問題である。この問題発覚以降のプロセスは、ならば一種の危機管理に属するはずだが、まず初期段階において、運営事務局は事前にいっさいの告知をせぬまま、カウント数の修正だけをおこなった。ここに第一の瑕疵が存する。

2.  通常考えられないブックマーク数の減少(なかには2桁におよんだケースもあったようだ)がユーザーに不安を与え、(全員でなく何割かに過ぎないのだろう)数名のユーザーの日記で告白がなされ、それを読んだ複数のユーザーが同様の体験・不安・推論等をコメント欄に寄せる、という事態がおこった。これが危機管理の第二段階で、第二の瑕疵もここで発生する。「技術係」の名で、BBSで事情説明がなされ、そのこと(その説明ページへの誘導)をこの、ブックマーク問題に言及するコメント欄にいちいち、個別に書きこんだのである。ちがうだろう。個別の対応も誠意の一つの表れだが、なぜ、(ユーザー以外も見るトップページにとはいわないが)しばしば起きるアクセス障害/メンテナンス情報等と同じようにマイページ右欄の、まさに空間ブックマーク数が記される直下あるいは直上に、掲出しないのだろう。日記でこの件に論及できた勇気ある当事者や、それらの記事・コメントを通じて件の事情説明に到達したユーザー一般はまだしも良いのであって、事は、そのまま意気消沈して関心空間を去る可能性さえある、サイレントマジョリティ(とあえて書いておく)に関わることだからである。この点に頓着しないで済むのは、ここがまだマイナーな場所であるからであって、逆にいえば、この調子ではマイナー以上になることはないであろう(頭記したとおりある種のマイナーさを愛するユーザーも多いのだが)。ゆえにこの第二の瑕疵は、「技術係」的問題と片づけている点に存する。

3.  最低限あるべき説明を、あるべき時機・箇所を選んで掲出しえなかった、この危機管理の失態が増幅するところともなって、ユーザー間で、ブックマーク数の減少にかなりのバラつきがある副次的問題が、話題に上ることになった(判断を誤らなくても多少話題となっただろうから「増幅」と書いている)。私自身はといえば、やや遅れて他の方の日記を読んでからこの件に気づいた口なのだが――といっても事情説明ページでも正確にいつ「修正」したのかも書かれていないのである――、その減少数は、通常でも起こる範囲の(と書けば推測できるだろう/ただし最新の記憶は正確ではない)数値である。すると安心どころか、新たな不安が発生する(可能性がある)。ブックマーク数が多いひとは減少幅が比例するように大きくなるという、一部コメントに読まれた事情が、反映しているのだろうか、と。それよりも私は、関心空間の利用期間の長短のほうが、プログラムのバグの詳細により大きく関わっている、と勘繰るものである(私の被ブックマーク数など高が知れているがそれでも初期の超低空飛行のころとは雲泥の差である)。否、状況証拠だけによる素人談義こそ有害であろう。かくなる「増幅」後は、修正によってバラつきが出た件に係る最低限の説明も必要かもしれない。そしてこの最後のものは、文字どおり「技術係」の名でなされればいい。

※ 以上3点にわたって、この危機管理に係る私見を速記した。日記に書く事柄かと、こんどは運営係さん(キーワードの趣旨に関係して2度注意をいただいた)から指摘を受けかねないからアリバイ的に私事にふれておくと、私は2月は忙しいので、こんなことにほんとうは関わっていたくない。それもあって、何係であれ事務局関係者からの、個別コメントの「誠意」は拒絶させていただく。振り返れば、上記の第1の件は重大だが済んでしまったことで、第3のは蛇足である。「取り返し」がつく第2の観点で、事務局が誠意を表明する手段が何かは、明らかだからである。

(マイページ内に本件に関連する告知がないことを確認した 米国東部時間2008年02月10日12時20分=日本時間 同11日02時20分投稿; 米国時間 翌11日18時28分 タイトルを「私見 「危機管理としてのブックマーク問題」」から現在のものへと修正; 米国時間 同23時10分にマイページ右上スペースに第2観点に関連する初の告知を確認)
 

2008/02/10

「本末転倒」

  • 「本末転倒」の画像

 
辞書的には通常、そこに肯定的な意味合いは認めまい。
が、私はかれこれ中学生時分からこの語が好きである。

本質を忘れて、ただ枝葉末節にかかずらう。あるいは、
手段だったものが、いつのまにか目的になってしまう。

勤勉そうでそのじつ怠惰としかいいようがない、そんな
選択と行為をくりかえし、やがて〈人文学〉の徒となった。

実学的にはありえまい発想だが、そこでは己が尻尾を
食むウロボロスの循環性も、行き方の指標の一である。

2杯分のご飯を解凍し、ガーリックライスを3食分作った。
己が尻尾を食んだ満腹後だったので全部、冷凍にした。


(米国東部時間09日20時24分; 最終段落は昨夜の話)
 

2008/02/09

ほうら、あなたのせいよ。

  • ほうら、あなたのせいよ。の画像

 
ロリコンではないが、少女のかわいい瞬間に息を飲むことはある。

「ほうら、あなたのせいよ。こんなになってしまったじゃないの。」
「ごめんなさい、ママ。もうしませんから、ゆるして。ね、お願い。」

気が急いてもやっぱり二日にいちどは足を運ぶスターバックスで、
母子のそんな会話(正確にディクテートしたわけじゃないよ)が
聞こえてきた。少女が、お母さんの携帯電話をいじっていたら、
ふっと手がすべって床に落ち、店内に音が響きわたったのである。

大きな傷がついたものの使えなくなるほどではなかったようだが
――若いお母さんの叱る口調も写真から感じられるだろう程度の
やさしいものだったのだが――、少女のほうが、だいじなものを
傷つけたという呵責の念からか、その後しばらく言葉がなかった。

いや、シャッターを切った瞬間の私にこそ、うしろめたさがあった。
そしてもちろんこうしてネットの一隅に目隠しせず出す瞬間にも。
緩い逆光状態のなか、母親の横顔の美しいシルエットが際立ち、
少女の顔貌はロダンの大理石彫刻のように滑らかに沈んでいる。

家族や知人が見たら気づくだろう。抗議がきたら即、削除したい。


(米国東部時間08日20時40分; 同43分 リンクを追加; 同22時
37分 微修正; 翌09日10時44分 画像削除; 同正午 記事削除;
10日12時18分 画像にアリバイ的な目隠し線を入れ、日付表示を
元の日本時間「2008/02/09」に戻して再投稿。)

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anonym

anonym画像       anonym の米国サバティカル日記 2007.03~2008.03 ★★★★★★... もっと見る

  • 2010/08/31更新
  • 2006/08/17登録

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