オレンジバルーンプロジェクト
父親はがんの再発による全身転移で亡くなった もう・・・20年前になるかな 本人の希望で最初に手術をした病院に入った 「お盆までもつか・・・」と主治医 入院したのは7月13日だった 告知は初発のときにしていた しかし・・・余命は告げることが出来なかった 当時は化学療法による副作用の方が患者を苦しめるから 何もしないことも選択のひとつといった風潮があった 手術による切除が最良の治療法だったから 手のつけようのない患者には何もなかった 日本では確かホス...














