梅田望夫『ウェブ時代をゆく』
ウェブ進化論はわかった、ではどうやって働けばいいのか、ということに対するひとつの回答として著者が提示したのがこの本ということになる。この本はどう働くかという視点をベースにしながらも、かなり多角的な視点もさまざまに含んでいる。 ネットということが登場して以来、情報のあり方、そこでの物事が作られていくあり方、さらにはそこでのビジネスのあり方、そんなものも変わってきている。当然、そこでの働き方も変わってきている。指摘されるまでもなく、「大企業に一生...
ウェブ進化論はわかった、ではどうやって働けばいいのか、ということに対するひとつの回答として著者が提示したのがこの本ということになる。この本はどう働くかという視点をベースにしながらも、かなり多角的な視点もさまざまに含んでいる。 ネットということが登場して以来、情報のあり方、そこでの物事が作られていくあり方、さらにはそこでのビジネスのあり方、そんなものも変わってきている。当然、そこでの働き方も変わってきている。指摘されるまでもなく、「大企業に一生...
《もともと神経質に生れて来た弟は、こわいものが空から来たことを 頭の中に焼きつけられて以来、空を見ることを恐れるようになった。》 ヒロシマの体験談を、当時幼い子供たちだった人々が綴ったものをまとめた本で、この類の本としてはもっとも有名なものだと思うけれど、読んでいると「よくこんな体験談を書いてくれたな」と感心するくらい、なんだか暗然とした気持ちになる。というのは、言うまでもなくとんでもなく悲惨な体験で、それはしかも決して他人事でもなければあ...
農夫と交わす言葉の間に霧むすぶ 金魚買う湖水に友等の憎めぬ顔 掌の厚み丘にびしびし多肉植物 いくにちも赤い絵の馬がある街 ひろしまのあさながい匙を雲にさし ぜんまい先にぜんまい先に河童ううん 青柿育つ屋根裏部屋に母と猫 梅雨空へあじさいと鶏走りだし 洗骨のテッポウユリが咲きました みんなあつまるなんばんぎせる手に 巣づくりもせず夕焼雲に紛れこむ 埋めきれぬ時間大きな蟻がいて 潮の光の石段のぼる帰省の夏 芽生える視力進化...
考えてみればいささか精神論めいた本でもあって、つまりネット業界における働き方の指針みたいなものをまとめたものなのだけれど、不思議にあまり説教臭くならないし、むしろどちらかというとちょっと精神が高揚するような内容でもある。本当にイノベイティブなことをするためにはどうすればよいのか、そのことのエッセンスのようなものが確かにこの本には感じられるからだ。 イノベイティブな時代に、どうやって真にイノベイティブでありうるか? イノベイティブな時代に生きて...
アメリカ人が書いたものだが、ヒロシマという出来事が生んだ「痕跡」(TRACE)に拘った本。勿論、痕跡ということにはいろいろなレベルがある。 これは有名な話だが、例えば広島にある平和記念公園。それは、設計した丹下健三自身によって先行するモデルがあった。太平洋戦争中に、その戦争というか大東亜共栄圏の記念として富士の裾野に作られるはずだった施設と、それは設計の思想を酷似させているというのだ。 そして、そこにある有名な記念碑の言葉。「過ち」を繰り返...
超整理術といった本は世の中にいくらもあるのだけれど、アートディレクターによる超整理術というところがこの本の目新しいところである。本来なら、『佐藤可士和の超発想法』とでもするのがイメージ的には適切で、しかも内容的にも実は発想法に近い部分が多い。それをあえて超整理術としているのがこの本の面白いところでもあるのだが、そしてそれはおそらくこの本のコンセプト自体にも通じている。 要するにこの本の一番のメッセージは、そのような整理と発想もしくは創造とは根...
泡立草仮面同士が擦れ違う セイタカアワダチ団地は白い海峡だ 巨きなる煮凝りのごと祖父ありき 花桔梗術後の鏡鮮明に 点滴や民話つぶやいてつないで 木の洞に童士眠らせ寺は冬へ 熊の掌の一撃むなし冬満月 連翹や猪は白昼罠抜けて かまきり誕生天才なれば透明に 暗闇坂花アカシアに棒の雨 数学教師の完璧な円島は夏 田舎芝居の悪役済ませ寝正月 出羽の朝焼け鬼たち少し恥ずかしい 柊の花石屋に電話鳴りどおし みどり児の舌の念力冬銀河 ...
図鑑というか歳時記というか、魚と野菜に絞って俳句の季語を図鑑形式で紹介した本だが、なかなか楽しめる。この手の、テーマを絞った歳時記というのは他にいろいろバリエーションがあるけれど、この魚菜図鑑はその手のものの中でも良質というか、読み物としても味わいがある。何がそんなに味わいあるのだろうと思ったら、まずは食べ物を解説しているという楽しさ、そこで紹介される薀蓄、そして植物図鑑・動物図鑑としての面白さ、そしてそのような食べ物をめぐる民俗図鑑的な面白さ...
映画監督・黒沢清氏の対談集。対談相手もバラエティに富んでいて面白い。現代日本における批評も含めた映画界の第一人者であると同時に、恐怖映画でも有名な監督でもあるので、怪奇・恐怖テーマの対談ということでそういう相手との対談もある。前者の流れで言えば、映画論の師匠でもある蓮実重彦氏を始め、テオ・アンゲロプロス自身との対談やゴダールをめぐってのサエキけんぞう氏との対談など。後者の流れなら、楳図かずお氏や伊藤潤二氏との対談など、これはこれでまた楽しめる。...
ダラス・ラマの書いた、仏教の入門書。入門書と言いながら、結構専門用語は多く登場するし、日本の仏教入門書にたまにあるみたいに禅問答めいた説教くささもなく、ある意味ではかなり理論的な入門書ともなっている。いや、と言うよりもともと仏教とは理論的なものなのだ。この本にも触れられているように、仏教とは「宗教」ではなく、「心の科学の一種」とはなかなか真理だと思う。勿論、僕自身も正確に仏教を理解しているわけなど到底ないのだが、それでもそのように感じる。この本...
最近も妙な事件が多いが、しかし妙な事件は別に今に始まったことではなく、昔からあった。この本は、世の中で騒がれたような有名な殺人事件の現場を歩きルポルタージュするというもので、写真もついているのがなかなか生々しい。読んでいると、「ああ、確かにそんな事件があったなあ」と妙な感慨に駆られる。僕がまだ学生の頃の事件などもいくつもある。宮崎勤は先日死刑になったばかりだが、あれはまだ僕が学生の頃の事件。この本の中でも、その現場を歩いている。ちなみに、彼の一...
NHKの番組を元にした本で、視聴者からの投稿などによって日本の仏像100選を選んだもの。と言って厳密にコンテストをやったわけでもないし、選はあくまで恣意的である。他にいい仏像もあるのに、という思いもなくはない。だが、有名な滋賀県・向源寺の観音菩薩像を始め(僕はこれを東京の国立博物館で見た)、なかなか興味深い仏像の例をきちんとピックアップしている。廃仏毀釈の時に馬糞の中に隠されて難を逃れた仏像もある。ふだんは山の中に埋められていて、年に一回掘り出...
学研から出ているブックス・エソテリカというシリーズはなかなか面白くて、いろいろ読んでいる。この本は、先日所要で高野山に行った際に買ったもの。あらためて空海という存在を意識するよいきっかけになった。 空海というのは不思議な存在である。何が一番不思議と言って、実在の人間の僧侶であったにも関わらず、まるで神仏にも匹敵するような広範な信仰と伝説を今に残している。僕が住む川崎にも川崎大師があるが、四国の八十八箇所も空海が開創したようなことになっている。...
師走だと言ってしまえぱ貸し借りなし 相原左義長 荒星の底の文房具店探す 塩野谷仁 落ち葉の家ブンパブンパとやかん鳴く 河原珠美 難聴やりんごに蜜が入らない 長谷川育子 ひとりの音母へ母へと柿を剥く 丸木美津子 病葉は見られてしまった日記のよう 森美樹 銀行やポインセチアと他人ばかり 前川弘明 糸遊は大きな仏つれて来る 清水伶 着膨れて妻に掃除機で転がされ 峠谷清広 幾重にも蜘蛛うつくしき留守の家 稲葉千尋 ...
結構、僕はマニュアルというものが好きなのだ。マニュアルにすれば簡単なことを、妙に難しく語ろうとする人は世の中のどこにでもいて、でも要するにマニュアル化できないのはその人自体もよくわかってないから、なのである。自分でもよくわかってないから、マニュアル化すらもできず、奇怪な精神論に走る――このような光景は、本当に世の中のどこにでもある。マニュアル化できるということは、その人がその世界のことを本当によくわかっているということのひとつのメルクマールであ...
いわゆる文芸批評のジャンルに属するものだと思うし、実際帯で蓮実重彦氏がそのような趣旨のことを書いているから、やはり文芸批評である。 ただ、別にこの作者のみのことではなくて、文芸批評というか批評一般に言えることだが、批評の文章になにか香気のようなものが薄れてきて久しいように思うのだ。文芸批評は文字通り文芸を批評するものだが、と言って文芸の外にあるというよりはそれ自身もまた文芸の範疇にあるものとして、一個の文芸作品として屹立しなければならない、と...
新聞紙のやうに疲れて鮎を喰ふ 大石雄鬼 海しずかヌードのように火事の立つ こしのゆみこ 炎帝や海の突き当たりを探せ 近恵 おほかたは影としてあり菊人形 齋藤朝比古 二科展へゴムの木運び込まれをり さいばら天気 青葡萄それからずんずんあるいた 高橋洋子 連想ゲームの終わりは晴れて鯨かな 田島健一 眼を瞑りそっと朧に加わりぬ 月野ぽぽな 着膨れて妻に掃除機で転がされ 峠谷清広 冬木より冬木へ帰る子供かな 中島憲武 枯蓮やオスマ...
この本は、いささか社会学的というかジャーナリズム的というか、標題のわりにはネットのことに焦点を当てているというよりは、社会論もしくはメディア論的な雑多な話が多くなっている。いろんな話があってそれはそれぞれに面白いのだが、宮台氏が冒頭で提示している視点が面白かった。そこでは、「生活世界」と「システム」という図式がまず提示される。わかりやすく言えば、もともと長く人間の社会が培ってきた「生活世界」というものがあって、それが「近代化」によって合理化・マ...
先日機会があって、著者に直接お会いした。その際にこの本を入手して、著者にサインもいただいた。四国のお遍路は、ちょっと東京からだと距離が遠いということもあって、実は興味があるのだが、未だにまったく行ったことはない。いつか機会があれば、とは思っているのだが八十八箇所もあるのでなかなか全部廻るのは時間が掛かりそうだ。 この著者の結社では、四国の各県を持ち回りで吟行会を開催しているらしい。といっても、そんなに頻繁にできるわけではないから、そのペースだ...
《「赤ちゃんができたのよ」と、鏡の中の自分に向かって言った。》 言わずと知れた、恐怖小説の名作。と言って、あらためて読んでみて気づくのだが、それほど陰惨な事件が立て続けに起こるというわけではないのである。むしろ何というのか、レトリック的なストーリーテリングに拠る部分が大きい。例えば、生まれてくるはずの子供に仮に付けられた名前が作品の中でどんどん変わっていくのだけれど、そういった単純な点ですら妙に作品の面白さになっている。 引越しから始まる...
《墓地……。 彼女は急いで首を横に振り、微笑した。》 幽霊屋敷物というひとつの根強いホラーストーリーのモチーフがあって、この作品は典型的なそれである。というか、おそらく作者本人も正面からそのモチーフに取り組んでみようと考えたのに違いない。 そこで登場してきた幽霊屋敷としての舞台設定はなかなか面白い。タイトルとおり墓地を見下ろすマンション。マンション自体は新しくきれいなものなのだが、四方を墓地や寺や廃墟同然となった住宅群に囲まれていて...
《毎日毎日、鼻歌を歌いながらスイカをくり抜いてフルーツポンチを 作ってくれるママが恐ろしくて、部屋に閉じこもった。》 面白かった。以前に『六〇〇〇度の愛』も読んで、これもなかなか面白かったのだけれど、なるほどこの本を書いた上であの本に行ったのか、となんだか妙に納得できるところがあった。というのは、この人の文体はいささかスノッブというか非現実というか、そういう方向に向かいがちなところがある。金井美恵子の作品も僕はとても好きなのだけれど、...
座談会などを中心とする、映画と詩のオーバーラップ。詩人や映画関係者などが、それぞれの視点から映画と詩の関係について語っている。当然このような議論をするためには、それぞれの領域をそれぞれに自己規定するところから始めなくてはならない。 面白いコメントがあった。 「詩作という行為は、どこかで最大限に物語化の力に抵抗する力だ」 ここでは、映画や小説などを支える「物語」と、それに対する「詩」を本質的に相反するものとして捉える考え方がある。この発言者は...
深酒の紫陽花色に泣くばかり 阿久沢長道 泰山木の花を一巡郵便夫 足利屋篤 何でだろ百舌の早贄北風を白く 木田柊三郎 千の風父の鼾と虎落笛 小林まさる 親の位牌はほどよき暗さ桃の花 小堀葵 マッチほどの明るさ妻と霧の中 本田日出登 探梅やポキンと折れる色鉛筆 室田洋子 穴惑い一眠りしてまた惑う 六本木伸一 ※今回は選句のみ。
《どろにんぎょうがおやゆびに?》 今回の特集は「詩のことば」。時折ユリイカはこの手の根源的なテーマで特集を組むのだけれど、なかなか面白い。「詩」とは言いながら、この本で言及されていることはいわゆるフォーマットとしての「詩」だけではない。小説や短歌など、他のジャンルを含めて、広い視野から今の詩の言葉、あるいは日本語表現というものについて考察している。 今、「広い視野」と書いたが、しかしこれは論者たちがあえて広い視野を持とうとしているというこ...
この本の著者である島田氏もそうだし、あるいは中沢新一氏などもそうなのだけれど、彼らはあのオウム真理教をめぐる一連の事件でかなりバッシングを受けた。そのこと自体の当否はともかくとしても、文化人と呼ばれる人たちの中でさまざまな反応があったのは興味深いことだった。バッシング一色のマスコミ一般の様子とは違って、実は一部の文化人・知識人の間であの事件を積極的に思考の対象としようとした動きもあったことはこの本でも触れられている。つまり、そのまま引用するなら...
地下鉄サリン事件から13年目の3月20日、林郁夫氏の告白を記したこの本を読んだ。13年目という数字には何の意味もなさそうだが、そうでもない。実はオウム真理教の前身となる団体ができてから地下鉄サリン事件まで、実は12年しか経っていない。その12年の間に、あの組織は急速に拡大・肥大化し、そしてあの事件を迎える。そして、既に事件からその12年を越える歳月が経ってしまったのだ。 林郁夫氏という人物に対して、僕は非常に同情的である。まっさきに事件のこと...
平山氏は非常に尊敬できる画家だと思っている。その作品も素晴らしいが、その生き方も素晴らしい。そして、その人間のたたずまいのようなものも。そして、この本は簡潔なエッセイながら、平山氏が自分の人生と自分の絵画観のようなものについて触れたものである。 そういう意味で、「芸術家指南」的な内容もいろいろあるのだけれど、面白いと思ったのは画家にも「教養」は必要だという主張。画家に「学歴」は必要ないが、「ある感性を伴った教養」は必要で、そういう教養のあるな...
《母親は最後まで姿を現わさなかった。》 かなり話題になった本で、それは松浦氏にとって久々の作品だったということもあるだろうし、インターネット上で連載されたということもあるのだろう。実際、初期作品の硬さがいい具合に中和されて(それでもこの作者独特の硬度みたいなものはきちんと残っていて)、それでいて読み応えのある作品だったと思う。 犬に変身したもと人間の主人公が飼われて行った先(そこには勿論、望んで行ったわけだが)、そこにはしかし、おぞましき...
最近、水彩画のスケッチに凝っている。水彩画(というかたぶん絵画一般)にはさまざまな有益かつ実践的な技法がいっぱいあって、面白い。ジャンルによっては創作論と言いながら、ほとんど精神論にしかならないような場合もあるので、このように実践的な話のできる創作法は健全である。ある程度このような実践的技法を踏まえた上で精神論になるのはかまわないというか当たり前なのだけれど、それもないまま最初から精神論で来られても困る。というか、きっとそれは本当は何の深みもな...
オウム真理教と連合赤軍というのがどこか似ているというのはよく言われてきたことで勿論、似ている部分もあるし、違う部分もある。だから、まったくそっくりというわけはないのだが、似てないかというとやはり似ている。 この本を読んであらためて思ったのだが、かなり特徴的な共通点がいくつかあると思った。ひとつは、どこか非現実的とも言える「大きな物語」をどちらもその下敷きに持っていたということだ。連合赤軍には「日本革命」だし、オウム真理教は「ハルマゲドン」(そ...
《ところが救急車の番号を押しても誰も出ないと言うのです。 そのときは怖かったです。》 また三月二十日が近づいてきた。別にそれが理由というわけでもなかったのだが、『アンダーグラウンド』を再読してみた。この本は、地下鉄サリン事件に焦点を当て、その被害者たちに徹底したインタビューを試みた本である。内容も去ることながら、村上春樹という一人の小説家があえてそのようなルポルタージュ的手法に取り組んだというのも興味深いことだった。きっと、彼の中では...
《「でもね、高橋君、世界はもうハルマゲドンなんだから、 そんなことを言ってはいられないんだよ」と答えました。》 この本は、『アンダーグラウンド』の続編的な位置づけとなっている。続編というのは要するに、前著が事件の被害者に対するインタビュー集であったのに対して、この本は加害者というか(と言って勿論、直接の実行犯たちというわけではないのだが)つまりオウム真理教側の人々に対するインタビュー集となっている。 オウム真理教について言うなら、決...
若松孝二氏が連合赤軍、つまりあさま山荘事件に至るまでの道程を映画にした。それについての関連資料などをまとめたのがこの本ということになる。 あさま山荘事件もそうだし、あるいは地下鉄サリン事件などもそうなのだけれど、このような社会的に影響の大きかった事件にはやはり興味を抱く。サリン事件はリアルタイムに東京にいたので、それをかなり生々しく体験したのだけれど(サリン自体を体験したわけではないが)、あさま山荘事件も含めたもろもろの学生運動の時代はまだ僕...
道化去る春の彗星低すぎて 立秋の裏声欲しき牛蛙 あやとりの田圃に母が来る月夜 白髪太郎スフィンクスは死にました 観音はかやの木生まれ時雨聴く おしくらまんぢゆう押され上手が君のそば 花恋や月夜自転車ふたり乗り 腕立てて伏せてぺしやんこ目借時 ピノキオは未だ木の鼻小鳥来る この作者の俳句は、まだ線が揺れているような印象だ。この線の揺れはなんだろうと思ったら、まだ十分に俳句に馴染みきっていないような印象なのだ。馴染みきっていないと...
先日、縁があって著者の方からこの本を頂いた。いろんな肩書きがある人なので、こういう人だというのが説明しづらいのだけれど、座右の銘(という言い方も適切かどうかよくわからないが)が、「地球に遊びに来たんだ」ということで、この一言が彼女の活動を端的に説明している。破天荒というか波乱万丈というか自由人というか、とにかく型に嵌った生き方が苦手なようで、世の中の大多数である型に嵌った生活をしている人々にとっては羨ましいというが実際のところだろう。勿論、彼女...
今年の正月に丸ビルに行ったのだが、その時に手ぬぐい屋があった。そこで手ぬぐいも買って、そして本も買った。それがこれ。文字どおり手ぬぐい百科ということで、手ぬぐいについてのいろんな知識からさまざまな使い方の解説まで、なかなか楽しめる本になっている。手ぬぐいというと、文字どおり手を拭うか、あとは頭に巻くかくらいしか僕は思いつかないのだけれど、考えてみれば確かに手ぬぐいという一枚の布はそれ以外にもいろんな使い方ができる。この本で解説してあるさまざまな...
木の上に行つてかえつて十一月 阿部完市 白鳥来真夜中はスプーンに限る 塩野谷仁 初秋刀魚理路整然と祖父の箸 上林裕 クレヨンの蓋あいており返り花 丹生千賀 帽子へこんでぽこんと直る母の秋 宮崎斗士 女郎蜘蛛さよなら僕のクエスチョン 谷佳紀 みみず鳴かさんと目薬の三滴 矢野千代子 枯れるぞとつぶやいてから蓮枯れる 守谷茂泰 はしっこのフックに父の冬帽子 こしのゆみこ 十一月影踏みの子ら消えやすい 夏谷胡桃 ...
デジタルやネット技術によって何が変化しつつあるのか、それをいろんな側面から対談の形で明らかにしていく。勿論、その側面にはいろんなものがありうるのだ。教育制度の側面、コンテンツ制作の側面、あるいは生活全体の側面。指摘されていることはそれぞれに首肯できることであり、示唆的でもある。「計算不可能性」ということをキーワードにしていることも、興味深い。つまり、「ユビキタス化」する社会において結果としてすべての事柄が「計算可能性」の枠内に取り込まれていくこ...
よくあるような、話題のキーワードに便乗したような本かと思ったら、意外に洞察の効いた本で面白かった。iPhoneについては、iPodに携帯電話をプラスしたという見方もできなくもないが、これはそうではなくてニュートンから脈々と流れている試みの延長上にあり、どちらかというとウェアラブルコンピュータに近い位置づけで考えるべきなのだ。テンキーにもスタイラスにも依存しないインターフェイスというのは実はインターフェイス的にはかなり革新的でもある。何が革新的か...