2011/05/28
寂しい夜。
数日前、昔よく一緒にロケをしたカメラマン・Yさんから携帯にメッセージが入っていた。
何年も会っていないのに…と思った途端、
Yさんと公私ともに仲が良かった音声のKさんの顔が浮かんだ。
まさか…と思いながら電話をかけたら、
当たって欲しくない予感が当たっていた。
Kさんはひとつき程前、突然亡くなっていた。
涙が溢れた。
タクシーの車窓から昔通っていた頃とは変わった風景を眺めながら会場に着いた。
地下に降りかけて驚いた、ガラスの向こう側に見えた会場にものすごい人数がいるのが見えた。
平服・焼香なし献花ありというから、
勝手にもっとこじんまりとした会を想像していた。
会社の方の挨拶が始まっていた会場の正面に、
ひまわりやらの明るい雰囲気のお花に囲まれて、
見慣れたKさんの笑顔があった。
用意していった、白いお花ばかりでつくってもらった小さな花束をお供えして
Kさんにご無沙汰のご挨拶をした。
あまりの人の多さと、最も苦手な立食形式だったので
早々に帰ろうとしたら、
編集マンのIさんがいた。
昔よりふくよかになっていたので「結婚した?」と訊いたら、
黙って待ち受けにお2人の愛息の近影が入った携帯を。
Kさんと一緒に組むことも多かった元カメラマンのHさん、
その奥様とも仕事仲間だったので、近況を報告し合った。
ADだったSら2人とはガールズ・トーク。
ニコニコKプロデューサーはまったく変わっていない。
ディレクター仲間のIさんは、ちょっと顔が小さくなっていたが相変わらず若々しい。
去年はバイクでのロードレースに出たという。
知らせてくれたYさんに、Kさんのことゆっくり聞きたかったのだが、
忙しそうだったので、Kさんの奥様に渡して貰おうと持っていったロケ中の写真を渡した。
「懐かしいね…」とYさん。
Kさん、いろいろありがとうございました。
御柱祭の取材のとき一緒に食った馬肉のすきやき美味かったですよね。
仙台ロケの時はYさんも初めて聞いたというカラオケ歌ってくれましたよね。
Kさんが音声で付いてくれた時には安心して仕事することが出来ました。
あんなにもたくさんの人が、送るために集まってくれるなんて、
すごいです。
人間、惜しまれて逝けるうちが華だとつくづく感じました。
どうぞ、あっちでゆっくりなさってください。
そして、再びお会い出来たらその時は、
また一緒に仕事したいです。
合掌
2011/03/19
アース・パワー VS マン・パワー
恥ずかしながら、三陸はかつて何度も大きな地震津波に襲われていたこと、
まったく知らなかった。
特に被害が大きかったのが、1896(明治29)年6月15日19:32:32に発生した明治三陸地震の30分後に押し寄せた津波。
岩手県気仙郡綾里村(現・大船渡市三陸町綾里)の港湾奥の白浜海岸では38.2m※の高さの津波が駆け上がった。
(※2008「歴史地震」第23号 154頁 津波災害史研究家・山下文男さんの講演要旨に「土木試験場内務技師・松尾春男の測量」との記載あり)
国土交通省のページに記載の情報によると、死者は21,959人、
うち18,156名を岩手県沿岸の犠牲者が占めている。
今回の地震のニュース映像で画面に釘付けになったのはやっぱり、
津波が防波堤を越えて街に流れ込み、船・建物・車などをいとも簡単に押し流していく光景だったが、
これと同じようなことを三陸地方は何度も経験している。
明治三陸地震津波で38.2mが測量された湾のある大船渡市では、
1960(昭和35)年のチリ地震津波での大被害を受けた後、
1967(昭和42)年、国内で初めての湾口防波堤が完成。
岩手県ではこのほか、釜石港と久慈港にも湾口防波堤が整備されており、
特に釜石港の防波堤は、マグニチュード8.5だった明治三陸地震を想定し、本格的耐震設計を取り入れて水深63メートルの海底の上に作られた“世界で最も大きな防波堤”であった。
がしかし、去る3月12日、国土交通省が上空から調べたところ、
大船渡港…ほぼすべてが崩れ落ちている
釜石港…大きく壊れている
久慈港…一部が壊れている
という現状。
恐るべし津波の威力…。
だが、国土交通省が世界に誇る「湾口防波堤」、
いろいろと課題が多そうだ。
地球の力にあらがうというよりも、人間の叡智で、
それを逆手に取り、大きな防災効果を生む方法なんてのを、
ぜひお願いしたいです。
2011/03/17
地震、120時間経過@東京都世田谷区
※ついに召集が…
民放は通常放送に戻りつつあるが、
玉子の仕事先はまだ非常時プログラム。
で間もなく臨時シフト発動になるらしい。
少しでも視聴者のお役に立てるよう、つとめねば。
※東京ガス、東京電力を語る不逞の輩
サイテーだ。
ただでさえ、精神的疲労が出て来るこの時期に、
早朝や深夜、
複数人で、
私服で、
東京ガスや東京電力をかたって訪問し、
ドアノブをガチャガチャしたりする、
らしい。
こんな訪問には絶対に応対しないでください!
そしてご近所、ママ友ネットワーク、マンション自治会等で
くれぐれも注意する様協力して自衛してください!!
※マスクも売り切れ、ひえピタ品薄
ドラッグストア・スーパー・コンビニ、
いずれも同様。
しまったなぁ。
寒さが戻ってしまったので、花粉の飛散量はちょっと減るだろうけど…
うずらの熱はまだ続いている。
2011/03/15
地震、96時間経過@東京都世田谷区
※突然の休暇にQ待ちしてたかのように…
実は昨夜からうずらが発熱。
なんと今冬3回目なんで“またか…”って感じで、
今朝は37度台に下がってもいたことだし、どうせ玉子も休みだから
たまには様子見で休ませるかと学校に電話したら
「熱がそんなに上がらないインフルエンザB型が今流行ってますので、夕方もう一度電話します」と言われた。
“…ってこたぁ、ただゆっくり寝かせるだけぢゃなくって
「受診してインフルエンザかどうか報告しなさい」ってことね、センセー?”。
…ハイ、バッチリ感染しとりましたインフルB型。
これで玉子の休暇は看病にあてられることになりました。
チャンチャンッ
※余震なのか、群発なのか
余震もだんだん少なくなって来てるし、
いい加減、ニュース特番にも、民放の「♪AC〜責め」にも疲れて来た。
今夜は早目にテレビを消そう…と電源OFFったら5分かそこらで
大きな揺れ。
結局またテレビをつけた。
これがずっと続いたら、結構しんどいなぁ。
※計画停電
今、TEPCO見たら、
明日うちの地区は計画停電実施予定。
でもさー
6:20~10:00 13:50~17:30ってどういうこと?
1日7時間40分停電するってか?
この時間帯で、しかもこの長さ、あんまりじゃね?
2011/03/14
地震、72時間経過@東京都世田谷区
※今週いっぱい自宅待機
昨夜、朝10:00に出勤する様上司から連絡あり。
その段階で玉子が担当してるエンタメのコーナーはしばらくお休み、
インタヴュー撮影も中止、ということだったので予想はしていたが…。
ということで嬉しいような、喜んでばかりもいられないような
複雑な気持ちの突然の1週間休みになった。
※朝の路線バスは普通の混み具合
徒歩でも2時間みとけば普通に歩いても楽勝かな、と思い
1H半前に自宅を出発。(すでに30分遅い)
こころなしか、いつもの月曜より街が静かかなぁ…と思いつつ、
いつものバス停の反対側歩道を歩いていたらバスが来た。
中を見たら“あっ! 全然座れそう!!” !!!
慌てて反対側へと走り、すべり込みセーフ。
途中すっかり眠り込んで、渋谷駅に着く手前で目が醒めた時には
やっぱ普段よりちょっと混んでた。
※ついにスーパーがクローズ
玉子の住んでる地区では13:50〜17:30に停電になる予定だったこともあってか、
スーパー(サミット)のレジにはすでに長蛇の列が出来ていた。
缶詰、レトルト食品、インスタント麺、パンやホットケーキミックス、袋菓子、飲料の棚は
すでにスッカラカン。
乾麺(そば)、バナナ、小口ネギ、玉葱、挽肉、玉子、ごはん(炊いたもののパック入り)、缶詰コーン、など
を購入。
いったん帰宅し、ショッピングカーをひいて、お米屋さんに向かう。
1人5キロまでの購入制限あり。
30分ほど並んで、いつも食べているものより少し高いお米を5キロ購入。
並んでいる最中、お米屋のお隣の八百屋のおばちゃんが「サミットもSEIYUも閉まっちゃったらしいよ」と
話しているのを耳にして驚く。
いつ開店するんだろう…
※計画停電、実行されず
何にも準備出来てなかったから結果的には良かったんだけど、
やる、やらない、やっぱりやる、何時?の情報が錯綜したため、
状況を把握するのに時間がかかった。
高齢者の独り暮らしとかぢゃ、ものすごい困るよね、こんな状況。
東電も政府もメディアも、なにせ初めての経験だからしょうがない部分はあるけど、
これで情報の周知徹底のシステムが出来るといいなー
ちなみに明日はうちの地域は停電は無いらしい。
※LEDランタン、エネループ単1×10、単1充電器購入
10年位前にキャンプ用に買ったマグライト、ラジオ用にと
11:00過ぎ、渋谷のビックカメラ2店舗で乾電池を探したが
どっちも売り切れ。
うちは昼間でも照明がないと薄暗いので、停電中にうずらが勉強したりするためには
乾電池仕様の照明が必要ってんで、評判のいいコレと、
エネループの単1をポチりました。
こんな状況だから、いつ入手出来るのかは、わかんないけどw
それにしても、単1エネループの充電は、充電器も1種類しかないし、いっぺんに充電出来るのは4個だし
時間も8時間半以上かかるのは、困るなぁ。







おでんの玉子


