五木寛之
NHK総合の午後の番組に「スタジオパークからこんにちは:」というのがある。 13日の番組に、作家の五木寛之氏が出演していた。この番組、先日来の国会中継などでつぶれることも多いが、ゲストにはNHKの番組出演者を迎え、番組宣伝を兼ねるケースが多い。そこに五木氏が、なぜ本日出演なのか、が疑問だった。 どうやら、「お呼び」がかかった契機は、共同配信で全国の地方紙など44紙に連載していた新聞小説「親鸞 激動編」が「完」を見たことのようだ。私は読んでいないが...
還暦を何年も越えた。年度を境に、働くスタイルを替える事にした。週5日はきつ過ぎた。それでも仕事に興味があったのでできてきた。仕事の内容も変わるので、週2-3日のペースに。それも初めの週に4-5日働き、次の週を全部休んでみようか、と今、思っている。それで何ができるか、分からないが……。社会とは繋がっていたい。何に対しても、興味はなお旺盛な気分だ。もう5年くらいは、このペースで働くことができれば、それはそれで幸せなことかもしれない、と勝手に思っている。この「空間」の居心地は悪くない。ただし、このところこの「空間」が沈滞気味のような気もする。いろいろな出会いで、多くの刺激を与えられることを楽しみにしています。よろしく。
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NHK総合の午後の番組に「スタジオパークからこんにちは:」というのがある。 13日の番組に、作家の五木寛之氏が出演していた。この番組、先日来の国会中継などでつぶれることも多いが、ゲストにはNHKの番組出演者を迎え、番組宣伝を兼ねるケースが多い。そこに五木氏が、なぜ本日出演なのか、が疑問だった。 どうやら、「お呼び」がかかった契機は、共同配信で全国の地方紙など44紙に連載していた新聞小説「親鸞 激動編」が「完」を見たことのようだ。私は読んでいないが...
2月3日は「雪池忌」。「ゆきち・き」と読む。 福沢諭吉翁の命日である。 学年末ということもあり、慶應義塾の学生にとっては、進級を願っての墓参の日でもある。 その「先生」の墓参先のことである。 50年も昔のこと、墓参先は確か、上大崎の常光寺であった。 ことし大学のクラスメートと、久しぶりに墓参をしてみようか、と話してみたところ どうやらお墓の所在地がかつての大崎ではなく、麻布十番に近い麻布山善福寺だと聞いた。 ウィキペディアに尋ねてみると、なるほど...
氷菓のジェラートでも、サッカー・プレミアムリーグのスティーヴン・ジェラードでもない。 事件当時、中学生になったばかりだったが、ちょっと鼻が高く、ちょっと米国人風の容貌だったクラスメートが「ジラード」の渾名をつけられていたのを覚えている。今ならイジメとでも言われる渾名だったのかもしれない。それだけ有名な名前でもあった。 1957年(昭和32年)1月30日に、群馬県相馬が原の在日米軍演習地で、薬莢拾いに演習地に入り込んでいた日本人主婦が実弾を受けて死...
1月19日の朝刊を開いたら、「長崎市長を射殺、無期懲役確定へ 最高裁、上告を棄却 」という見出しに出会った。2007年4月の長崎市長選中に伊藤一長(いっちょう)・前市長(当時61)が射殺された事件で、最高裁が上告を棄却する決定をしたものだ。決定は16日付ということだった。 この1月19日という日付。24年前の1990年の1月18日夕に、同じ長崎市長が銃撃される事件があった一報が新聞に載った日付と同じである。それを何かの暗合といっても意味はないが、...
